WHOのテドロス事務局長
「特効薬はないかもしれない」
新型コロナウイルスの感染者が国の内外ともに過去最悪のペースで増え続けています。
8月5日時点の日本における累計感染者数は4万3519人、世界全体では、なんと1800万人を優に超えています。
そんななか、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は3日の記者会見で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、
「現時点で特効薬はなく、今後も存在しないかもしれない」と警告しています。
また、すでに7月末の時点で、世界で26のワクチンが臨床試験(治験)に入り、一部は臨床試験の最終段階まで進んでいる開発状況を「前例のないスピードだ」と評価。
その一方で、「うまく機能しないかもしれないという懸念もある」として、特効薬同様ワクチンについても、過度な期待をしないようけん制しています。
今実行しうる感染防止策の徹底励行を
端的に言えば、現時点で新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するには、公衆衛生対策と疾病管理が基本になると、テドロス氏は指摘します。
そのうえで各国に対し、検査や感染者(患者)の隔離、濃厚接触者の追跡調査、個人レベルでは、マスクの着用や手指衛生、フィジカルディスタンス(身体的距離)の確保など、今実行しうる「すべての感染防止策を徹底して励行する」ことを求めています。
新型コロナウイルスと共存せざるを得ない、いわゆる「ウイズ・コロナ時代」が長引くことを想定し、それなりの覚悟をもってこれからの日々を過ごしていく必要があると言えそうです。
もしも自分が感染して
万が一重症化したら……
「ウイズ・コロナ」時代を生きていくうえで一人ひとりに求められる覚悟の1つとして、
「自分が新型コロナウイルス感染症の患者になることを想定して、万が一重症化したときに、自分としてはどのような医療を受けたいかといったことを、タブーなく家族や身近な人と話し合っておいてほしい」
こう呼びかけているのは、政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」のメンバーを務めてきた武藤香織さん(東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授)です。
武藤さんは、ご自分の専門である医療社会学の観点から、
「自分が新型コロナウイルス感染症の患者になるということについて、まだ他人事と思っている方があまりに多い」ことを懸念しての発言です。
人工呼吸器等の高度医療を受けたいか
新型コロナウイルスに感染して肺炎が重症化し、自力で呼吸するのが難しくなると、入院して酸素マスクなどによる酸素吸入が必要となります*。
しかし、酸素吸入をしても呼吸困難や不整脈などの症状が改善されないことがあります。
その場合、人工呼吸器の装着、さらにはECMO(エクモ)と呼ばれる体外式膜型人工肺装置、いわゆる「人工心肺」の適応が検討されることになります。
このような状態になったときに、自分としては人工呼吸器の装着をどうするのか、さらにその先のECMOについてはどうなのかといったことを、家族らとの人生会議で話し合い、きちんと意思表示しておいてほしい、というわけです。
一方で、肺炎症状が重症化して人工呼吸器などによる高度集中治療が必要になるのは、約5%とされている。
新型コロナウイルスでは
人生の最終段階が突然やってくる
新型コロナウイルスが現れる前までは、事前指示書やリビングウイルをさらに一歩進めたアドバンス・ケア・プランニング(ACP)、通称「人生会議」については、人生の最終段階、いわゆる終末期と呼ばれる時期を、比較的長いスタンスで考えていたように思います。
ところが新型コロナウイルスでは、「いつもの風邪だと思っていたら感染していた」といった思わぬかたちで、突然生命の危機に陥るような深刻な事態が始まります。
特に高齢であったり、糖尿病や高血圧のような基礎疾患、いわゆる持病があれば、あれよあれよという間に重症化して「入院が必要」な状態に陥る可能性があります。
その先には、「人工呼吸器の助けをかりて延命を図りたいかどうか」について、意思決定を求められる事態に直面することも想定されます。
人にうつすリスクがあるため
感染すると家族とも会えなくなる
何よりも、新型コロナウイルス感染症は、心不全やがんのような病気とは異なり、指定感染症として定められていいるように、人にうつすリスクのある病気です。
そのため、PCR検査で陽性反応が出て新型コロナウイルスに感染していると判断されると、他人にうつさないように隔離のための入院が必要となります。
この場合、検査で感染していることが確認されても、軽症で無症状であれば、本人の希望により自宅で療養することも可能です。
しかし、この病気は急変して、いきなり重篤な事態に陥ることがあります。
実際、新型コロナウイルスに感染し、軽症と診断されて自宅で療養中だった患者が、容態が急変して死亡するといったことが何例か起きています。
こうした事態を深刻に受け止めた厚生労働省は、自宅での療養を原則禁止とし、都道府県が借り上げたホテルなどの宿泊施設で療養する方針に切り替えています。
いずれにしても、いったん新型コロナウイルスに感染していることがわかれば、重症度に関係なく、2度にわたるPCR検査で陰性が確認されるまでの間は、家族とも親しい人とも会うことができないことになります。
最悪のケースで言えば、この新型コロナウイルス感染症で、緊急入院から12日後に死去されたタレントの志村けんさんがそうであったように、親族といえどもその臨終にも立ち会うことができないのが、この病気の怖さでもあります。
それだけに、人生会議という家族や医療従事者との話し合いを通じて、「もしも感染したら」を考え、あらかじめ自分はどうしたいのかを明確にし、それをきちんと伝えるべき人に伝えておくことが重要になってくるわけです。
「人生会議」に神戸大学作成のリーフレットを参考に
なお、人生会議、つまりアドバンス・ケア・プランニング(ACP)については、神戸大学の木澤義之教授ら研究チームが、一般市民の方々が家族などと人生会議に取り組むことができるようにと、「自分で始められる」ACPリーフレットを作成し、Webサイトで公開しています*¹。
ダウンロードできるようになっていますので、「もしものとき」に備え、これからの治療やケアに関して家族など大切な人と話し合いを始める際の参考にされてはいかがでしょうか。
併せて、「ゼロから始める人生会議」の動画も一度ご覧になってみてください。
参考資料*¹:神戸大学「アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)