「気管挿管」「気管切開」が必要になるとき

聴診器

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「気管挿管」「気管切開」により
気道を確保する

老衰が進んだり、肺炎が悪化したりすると、息切れして呼吸がしにくくなり、このままでは呼吸が止まってしまうという状態に陥ることがあります。こうなったときに、「人工呼吸器をつけたい」と「人工呼吸器はつけたくない」のどちらを選択するかは、事前の自分自身の意思として、是非表明しておきたい事柄です。

もちろん「医師に判断をゆだねたい」あるいは「家族の判断に任せたい」という選択肢もありえますが、できれば元気なうちに自分で考えて意思をはっきりさせておきたい……。

その際には、人工呼吸器を取りつける前の、気道(呼吸のための空気の通路)を確保するために欠かせない処置として、「気管挿管(きかんそうかん;「気管内挿管」とも言う」)」とか「気管切開(きかんせっかい)」という、一般の方には聞きなれない話が必ず出てきます。

そこで今日は、この「気管挿管」と「気管切開」について、以下の3点を中心に書いてみたいと思います。

  1. どのような処置なのか
  2. 痛みなどの苦痛はないのか
  3. 会話(おしゃべり)ができなくなると聞くが、家族や医師ら医療スタッフとのコミュニケーション(意思の疎通)はどう図るのか

なお、「人工呼吸器をつけたいか、つけたくないか」の選択、また人工呼吸器の先にある命を守る最後の切り札として、コロナ禍の最中によく話題になった「人工心肺」、いわゆるエクモ(ECMO)について詳しくは、こちらをご覧ください。

気管挿管では口から気管まで
気管内チューブを入れる

「気管挿管」とは、肺に通じる空気の通り道である気道を確保するために、気管に小指の太さほどの気管内チューブを入れる処置のことです。人工呼吸器を使用するときは、この挿入した気管内チューブに呼吸器のチューブをつないで取りつけることになります。

気管内チューブは、口もしくは鼻から気管まで入れます。この気管内チューブ自体は柔らかく、私たちの身体にフィットするように工夫された素材でできています。

しかし、意識があるままでチューブを入れると、チューブがのどの奥を刺激するために「オエッ」となり、少なからず苦痛を伴います。歯磨きをしていて、奥歯まできちんと磨こうとするあまり歯ブラシを深く入れすぎ、舌のつけ根やのどの入り口に歯ブラシがあたって「オエッ」となる、あの感覚です。

気管内チューブを入れると声帯への影響が

そこで、この苦痛を避けるために、意識があるときは軽い鎮静薬を使い、ある程度眠った状態になったところで気管内チューブを入れるのが一般的です。

気管内チューブを入れた状態では、声帯への影響が避けられません。また、声を出すには声帯が空気の流れを受けて振動する必要があるのですが、気管内チューブを入れていると、空気はチューブの中を通りますから、声帯が振動することはなく、その結果として、声を出して意思の疎通を図ることが難しくなります。

気管切開では気管に開けた穴に
気管カニューレを入れる

気管挿管は、緊急に気道を確保する必要がある場合に行われる処置です。緊急時の処置ですが、患者さんの意思や病状によってはそのまま人工呼吸器につなぎ、1~2週間を超えてなお人工呼吸器をつけておく必要があると判断されることがあります。

この場合は、「気管切開」と呼ばれる処置を行って気管の中に直接「気管カニューレ」と呼ばれる細い樹脂でできた管(クダ)を差し込み、このカニューレに人工呼吸器をつなぐ方法がとられます。

具体的には、首のちょうど真ん中の、のどぼとけの下に当たる部分を切開して気管に穴を開け、そこに気管カニューレを入れるわけです。局所麻酔といって、切開する部分に麻酔薬を注射してから行いますから、痛みは麻酔薬を打つ注射針を刺される程度のものです。

また、気管カニューレはのどの奥を通るわけではありませんから、気管挿管のときのように「オエッ」となることもありません。

喉頭がんや下咽頭がんなどにより声帯を含む喉頭を摘出する手術が行われた際にも気管切開が行われます。この場合の気管切開は、永久気管孔を造設するためのもので、術後はこの気管孔を介して呼吸をすることになり、人工呼吸器につなぐことはめったにありません。この永久気管孔には、呼吸を楽にする人工鼻が使われることもあります。人工鼻について詳しく知りたい方は「永久気管孔に人工鼻を装着していますか」をご覧ください。

気管切開なら工夫次第で、
食事も会話も可能に

気管切開をして人工呼吸器につなぐことにより、自力で呼吸できなくても器械が代わって身体に酸素を取り入れ、炭酸ガスを排出するというガス交換をしてくれますから、生き続けることができます。

この間、意識がはっきりしていて消化器が普通に機能していれば、少しの訓練で口からものを食べたり飲んだりすることもできます。

気になる発声ですが、声を出す声帯はのどぼとけの中にあります。気管切開でのどを切開して気管カニューレを入れるのはのどぼとけの下の部分ですから、声帯そのものへの影響はありません。

ただ、声を出して会話をするには、声帯の部分に空気が流れていて、その流れで声帯が振動する必要があります。気管切開をしていると声帯のある部分には空気が流れませんから、声帯が振動することはなく、結果として声を出すのが難しくなります。

気管切開カニューレ使用時のコミュニケーション

それでも、カニューレの開口部を指などで閉ざすなどすれば、発声することができるようになります。あるいは発声以外の方法でも、少々の工夫と努力をすれば、家族や医療スタッフとの言葉によるコミュニケーション(意思疎通)も、できるようになります。

よく使われるのは対面式会話補助具「フィンガーボード」ですが、スマートフォンやパソコンを使い慣れている方は電子メモパッド のような簡単な筆談器を活用するのも一法です。

なお、気管切開の場合に限られますが、気管カニューレを「スピーチカニューレ」と呼ばれる特殊なものに替えることにより声を出せるようになることもあります。詳しくは「気管切開していても話せるカニューレがある」をご覧ください。