末梢静脈を使う点滴は
水分補給が主な目的
「点滴(てんてき)」という言葉は、最近では日常的に使われています。
「風邪で元気が出ないから、点滴でもしてもらおうかしら……」といった具合です。
実際、クリニックを開業している医師によれば、風邪で食事があまり摂れないことや極度の疲労で仕事も休みがち、といったことを理由に「点滴をしてもらえませんか」と言って訪れる患者が少なくないとのこと。
とりわけインフルエンザのシーズンや熱中症のリスクが高くなる暑い夏などには、点滴を希望して受診してくる患者さんが多くなるそうです。
「でも僕は、その方の体力がよほど落ちていないかぎり、家に帰ってきちんと食事をし、水分補給もしっかりして身体を休めた方が早く回復できますよ、と話して極力点滴はお断りしていますけどね」
ちなみに、このようなときに行うとなれば、その点滴は、静脈に送り込む輸液に少々の電解質(ナトリウムやカリウム、カルシウムなどのイオン)やビタミン剤が加えられるものの、主な目的は水分補給です。
医学的には「末梢(まっしょう)静脈栄養法」と呼ばれ、文字どおり、腕などの皮下を走っている細い末梢静脈を使って行われます。
末梢静脈からの点滴には
補給できる栄養分に限界が
末梢静脈を使って行われる点滴は、外来や在宅でも比較的簡単にできます。
一時的な軽い脱水状態に陥っていたり食事が思うように進まず体力が落ちているようなときには、それなりの回復効果が期待できます。
ただ、口からものを十分に食べられなくなって栄養状態が低下しているような場合に、腕など末梢の細い血管からカロリーの高い栄養分を持続的に補給することには、浸透圧の関係から限界があります。
ところで、この「浸透圧」について初めて学んだのは、中学生の頃だったでしょうか。確かこんな説明を受けて、実験してみたことをうっすら記憶しています
異なった濃度の二種類の液体が隣り合うと、濃度を同じにしようとして高濃度で浸透圧の高い溶液から低濃度で浸透圧の低い溶液の方に水分が浸透していく力が働く――。
静脈炎を起こすリスクが
点滴によってできるだけ多くの栄養分を補給しようとすると、使用する輸液の浸透圧は自ずと高くなります。
点滴する輸液の浸透圧が体液の浸透圧より高いと、浸透圧の高い方(輸液)から低い方(体液)へ力が働きますから、血管は絶えず刺激を受け続けることになります。
この状態を長く続けていると、血管が「血栓性静脈炎(けっせんせいじょうみゃくえん)」を起こしやすくなります。
具体的な症状としては、点滴の針を刺している静脈の周囲が炎症を起こして赤く腫れ、痛みを伴うようになってくるのです。
この静脈炎をそのままにしていると、痛みが強くなっていくだけでなく、感染が血管を介して全身に広まるリスクがあります。
こうした事態を防ぐために、末梢静脈栄養は中止せざるを得なくなります。
中心静脈を介しての点滴なら
高カロリー栄養を持続補給可
そこで、カロリーの高い、より多くの栄養分を点滴を介して持続的に補給したいときに提案されるのが、「中心静脈栄養法」(略称「TPN」)と呼ばれる点滴の方法です。
「高カロリー輸液」(略称「IVH」)とも呼ばれます。
この点滴では、末梢静脈よりも太く、心臓近くを走る「中心静脈」を使います。
具体的には、首のすぐ下の鎖骨(さこつ)部分の皮下を走っている鎖骨下静脈から、専用の「中心静脈カテーテル」と呼ばれるカテーテル(クダ)を挿入して行われます。
この方法で点滴ルートを確保しておけば、基本的には24時間安定して水分や栄養を補給できることになります。
また、腸管に何らかの病変があるために胃瘻(いろう)や鼻チューブによる、いわゆる経腸栄養法を行うことができない患者さんには、この中心静脈栄養法により安定的に水分や栄養を補給することができるというメリットがあります。
腸管を使わない点滴には
感染リスクが高まる弱点が
しかし中心静脈栄養法にはデメリットというか、弱点もあります。
カテーテルの挿入部に感染が起きやすいという問題が1点。
さらに深刻な問題となるのは、腸管を使わない栄養法であることです。
ご存知のように、私たちの腸管には身体全体の免疫細胞のおよそ70%が集まっています。
点滴による栄養法では腸を含む消化管は使いません。使わなければ当然、消化管としての機能は低下します。
腸についていえば、腸管粘膜が萎縮して、免疫機能が落ちてしまい、結果として、風邪やインフルエンザなどの感染を受けやすくなります。
しかも、免疫力が低下していますから、いったん感染症にかかると治りにくく、肺炎などに進行しやすいうえに重症化しやすくなるという問題が起きがちなのです。
フレイルや要介護状態に陥るリスクも
それと、24時間持続的に点滴を続けていると、どうしても活動が制限されますから足腰の筋力が衰え、フレイルと呼ばれる状態に陥りやすいことも問題としてあがってきます。
また、入浴もできないなど、日常生活が制限されるために、介護が必要な、いわゆる要介護状態に陥りやすいといったデメリットがあることも、事前指示として「口から食べられなくなったとき」に受けたい対応を考える際には、よくよく心しておきたいものです。