延命のための人工呼吸器をつけたいですか

とぼけた犬

人工呼吸器をつければ、
呼吸を100パーセント確保できる

肺炎などの呼吸器疾患や心筋梗塞のような心疾患が重症化してくると、自力での呼吸だけでは十分な酸素を取り込めなくなり、このままでは呼吸が止まってしまう、あるいは突然呼吸が止まってしまったという事態が起こりえます。

このような緊急時への備えとして、事前の意思表明をしておきたいのが、
「人工呼吸器をつけたいか、つけたくないか」という問題です。

人工呼吸器は、最近では病院を舞台にしたテレビドラマなどによく登場しますから、あの機器そのものや人工呼吸器による治療を受けている患者の様子は、すぐにイメージできるという方が多いと思います。

そもそも人工呼吸器とは、
「突然人が倒れた、どうも呼吸していないようだ」といった緊急時などに、とっさに応急処置として人によって行われる人工呼吸を、機械的かつ自動的に行うための医療機器です。

自分の力で呼吸ができなくなったとしても人工呼吸器につなげば、呼吸はおおむね100パーセント確保することが可能になります。

ですから、呼吸が止まって待ったなしの状態になったものの、人工的に呼吸を取り戻せば回復が期待できるというときは、人工呼吸器は文字どおり救世主の役割を果たしてくれます。

回復できる見込みがなくても、
人工呼吸器で一定期間生き永らえる

一方で、老衰によりいのちが終わりに近い状態にあるとか、認知症やがんの末期などで回復できる見込みがないと自分でもわかっているときに、肺炎などにより呼吸状態が悪化して、このままでは呼吸が止まってしまうという事態に陥ることもあります。

このようなときに、では人工呼吸器をつけて呼吸を取り戻したいかどうかという話になると、意見は大きく分かれます。

いったん人工呼吸器を取りつけると、自分で呼吸することができなくても、肺に代わって器械がガス交換をして全身に酸素を送り込んでくれますから、人工呼吸器を外さないかぎり生き続けることができます。

この場合、人工呼吸器を取りつけてから死亡するまでの、いわゆる「延命」できる期間は、呼吸状態が悪化した原因となっている病気により違ってきます。

ですから、人工呼吸器を取りつけた後は、誰もが延々と生き続けられるわけではありませんが、ある一定期間は生き永らえることができます。

人工呼吸器による治療中止は、
現時点で完全には認められていない

ここで、忘れないでおきたいことがあります。

人工呼吸器をいったん取りつけてしまうと、現在の日本では、本人や家族の要望があっても取り外すことは、まだ完全には認められていないということです。

ここで「完全には認められていない」としたのは、認められる場合もあるということです。

「延命治療は望まない」といった最近の風潮を受け、終末期の医療やケアのあり方をまとめた公的なガイドラインのなかには、いくつかの厳しい条件が整い、決められた手順を慎重に踏んだ場合にかぎり、延命治療の中止を認めるとするものも出てきています。

そのきっかけとなったのは、2007(平成19)年に厚生労働省がまとめた人生の最終段階における医療やケアに関するガイドラインです。

このガイドラインで新たに示された方針を受け、各領域の学会レベルで議論が重ねられた結果、胃瘻(いろう)などの人工栄養や人工透析などの延命治療と呼ばれる治療の中止が、選択肢のひとつとして明記されるようになっています。

人工呼吸器について言えば、日本救急医学会や日本集中治療医学会が、
「どのような決定プロセスを踏めば人工呼吸器などの生命維持装置を中止できるのか」
を示したガイドラインをまとめています。

「人工呼吸器はつけたくない」との本人による事前の意思

これにより、本人の「人工呼吸器はつけたくない」との意思を事前指示などにより確認できることを大前提に、ガイドラインに忠実に従うのであれば、いったん取りつけた人工呼吸器を取り外すことができるようにはなっています。

ただ、このガイドラインに書かれていることを裏づけるような法律は、現時点ではまだ存在しません。

ということは、人工呼吸器を外して治療を中止した医師あるいは看護師といった医療スタッフが殺人罪に問われるリスクは、完全にゼロではないということです。

そのため家族などから、
「病状がよくならないのなら、このままでは可哀そうだから治療をやめてほしい」
という申し出があっても、人工呼吸器を取り外してもらえない場合があることも覚えておきたいものです。

新型コロナウイルス重症肺炎の
人工呼吸器とECMOによる治療

2020年1月以降、世界中に感染が拡大している新型コロナウイルス――。

この新型コロナウイルスによる感染症(肺炎)が悪化して重篤になり、人工呼吸器を使って治療をしても肺の機能を維持するのが難しくなることがあります。

このような状態に陥った患者に、「ECMO(エクモ)」と呼ばれる体外式膜型人工心肺装置(通称、人工心肺)による治療が行われていることがメディアで報じられています。

人工心肺とは、呼吸を止めてしまい、その代わりに血液を体外へ抜き出して人工肺に送り込み、そこで二酸化炭素を人工的に除去し、酸素を送り込んでから、再びポンプで血液を体内に戻すという極めて高度な治療法です。

通常は、心臓を止めて行う心臓手術などで用いられていますが、新型コロナウイルス肺炎の場合は、人工心肺が肺の機能を一時的に代行しながら、患者自身の免疫によりウイルスが排除されるのを待つことになります。

ECMOによる高い救命率

専門学会(日本集中治療医学会)の調査では、2020年9月22日の時点で、これまで全国で少なくとも249人の重篤化した新型コロナウイルス感染症患者がECMOによる高度治療を受け、62%に当たる154人が回復に向かっているとのこと(27人が実施中)。

一方で68人の患者は、命を守る最後の切り札としてのECMOを使っても肺の機能が回復しないなどの理由で死亡しており、新型コロナウイルス感染症の治療の限界が明らかにされる、としています。

新型コロナウイルスによる感染症のために3月29日に亡くなったタレントの志村けんさん(70歳)も、このECMOによる治療を受けていたことが報じられています。

人工呼吸器を使っても肺と心臓の機能を維持するのが難しいからとECMOを使うことを提案されるようなケースは、そうめったにあることではありません。
しかし、このような治療法もあることを知っていただきたいと思い、書いてみました。