心不全によるつらさは我慢しないで緩和ケアを

心臓

緩和ケアの対象は
がんに伴う痛みや苦痛だけではない

病気に伴う痛みなどの苦痛やつらさを和らげて、できるだけあたりまえの生活を続けることができるように行われる「緩和ケア」と呼ばれる治療法があります。

この緩和ケアについては、がん患者さんのため、つまりがんに伴う痛みや苦痛を軽減するためのものと理解している方が多いように思いますが、それは誤解です。

緩和ケアについては、たとえば2002(平成14)年にWHO(世界保健機関)がその定義を公表しています。

そのなかで、緩和ケアの対象は「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族」であるとして、がん患者だけではないことを明言しているのです。

心不全に伴う苦痛やつらさを我慢しない

実際、WHOが2014(平成26)年に、人生の最終段階に緩和ケアを必要とした成人患者の疾患別割合を報告しているのですが、そこで第1位にランキングされているのは「循環器疾患」なのです。

おそらく最も多いだろうと誰もが思いがちな「がん」は、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞、脳出血といった「循環器疾患」に次いで第2位です。

わが国では、高齢化の進行に伴い「心不全」患者の急増が問題視されていますが、心不全はまさに循環器疾患に該当するものです。

ということで今回は、心不全に伴う苦痛やつらさは我慢しないで積極的に緩和ケアを受けていただきたいという趣旨で書いておきたいと思います。

心不全とは心臓の病気が
だんだん悪くなっていく状態

「心不全」という言葉は、たとえば著名人の訃報記事などに「死因は心不全」といったようなかたちでよく登場します。

直近では、先月(2021年11月)亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)さんも、死因は「心不全だった」と報じられました。

ですから「心不全」という言葉自体は、一般の方にもよく知られているものです。

ただ、では心不全とはどのような状態なのかという話になると、正しく理解されている方はそれほど多くはないのではないでしょうか。

そこで、日本循環器学会と日本心不全学会は、心不全について一般の方に正しく理解し、予防や早期発見・早期治療につなげてもらおうと、2017(平成29)年10月に『心不全の定義について』と題するプレスリリース(公式発表)を行い、心不全を次のように説明しています。

「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です」

(引用元:『心不全の定義』について*¹)

心不全への治療では解消しない
苦痛やつらさには緩和ケアを

この定義にある「心臓が悪い」とは、高血圧や不整脈、心筋梗塞などにより心臓の一番大事な働きであるポンプ機能が低下して、必要なだけの血液(栄養分や酸素)を全身の組織に送り届けることができなくなった状態を言います。

この状態が「だんだん悪くなる」と、全身の組織が栄養分や酸素が足りない状態に陥り、体を少し動かしただけで動悸や息切れ、息苦しさなどの症状が続くようになってきます。

やがて、下肢の前面や足首,足の甲を指で押さえるとくぼみができるようなむくみ(浮腫)なども出て、ありとあらゆる臓器に過度の負担を強いるようになってきます。

このような「末期心不全」と呼ばれる状態に陥ると、心不全そのものに対する治療やケアだけでは苦痛やつらさを完全に取り除くことが難しく、あたりまえの充実した日々を過ごすためには、緩和ケアが欠かせなくなるのです。

幸い私たちの国では、2018(平成30)年の診療報酬改定*で、緩和ケア診療加算の適応疾患が拡大され、従来の「悪性腫瘍(がん)」と「後天性ヒト免疫不全症候群(HIV;エイズ)」に並び、「末期心不全」が加わっています。

これにより、末期心不全に伴う痛みや全身の倦怠感(だるさ)、動悸や呼吸困難(息切れ、息苦しさ)といった身体症状、さらには不安や抑うつといった精神症状に対する緩和ケアが、健康保険で受けられるようになったのです。

*診療報酬改定:医療機関などで患者に提供される医療行為への対価として支払われる費用、つまり「診療報酬」は、1つの医療行為ごとに決められた点数を合算した額となる。この点数は、通常2年に一度見直しが行われているが、これを「診療報酬改定」と呼んでいる。

がんの緩和ケアと
心不全の緩和ケアは同じではない

現在、わが国の多くの医療機関では、また一部の在宅医療の現場でも、「緩和ケアチーム」と呼ばれる医療チームが、患者さんや家族の同意のもとに苦痛症状や不安などの緩和に精力的に取り組み、素晴らしい効果をあげています。

ただしそのチームの多くは、対象をがん患者さんに限ってきたのが現状です。

心不全の患者さんにはがん患者さんとは全く異なる苦痛やつらさが伴います。

何よりも、がん患者さんと心不全の患者さんでは経過自体が異なります。

そのため、がん患者さんのように、心不全の患者さんも全国どこでも、いつでも希望すれば緩和ケアを受けられるという状況には、残念ながら、まだなっていないのが現状でしょう。

苦痛やつらさをありのままに伝えることから

しかし、取り組みは着々と進んでいます。

すでに10年余り前から、多職種から成るチームを編成して心不全緩和ケアに取り組んでいる医師をはじめとする医療スタッフが全国に点在しています。

痛みや苦痛は、あくまでも主観的な感覚です。

患者さんが、自分が感じている苦痛やつらさを医療スタッフや家族に伝えないことには緩和ケアは始まりません。

つらいことは我慢しないで、できるだけありのままを具体的に伝えることから始めてみてはいかがでしょうか。

一昨年(2020年)から活動をスタートしている心不全療養指導士は、緩和ケアに関する基本的知識を備えていることが資格認定の条件になっていますから、つらさを伝える相手としては最適だろうと思います。

あらゆる心臓病の終末像とされる心不全患者の急増を受け「心不全療養指導士」が誕生し、活動を始めている。心不全は良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に進行する。個々の生活に合った悪化スピードを遅らせる心不全との付き合い方をプロに学ばない手はないだろう。

「心不全手帳」を活用して

なお、心不全という状態を正しく理解したうえで、医師による治療に併せて、自ら食事の管理や適度な運動などを普段からしっかり心がけて生活し、心臓の機能を維持、あるいは少しでも回復するためのノウハウを専門学会がまとめた「心不全手帳」があります。

詳しくはこちらを参照し、是非活用してください。

心不全については、あらゆる心臓病の終末像として説明されることが少なくない。しかし、心不全が仮に慢性化するようなことがあっても、専門学会作成の「心不全手帳」を活用してセルフケアを徹底すれば、悪化にブレーキをかけることはできる。この手帳の概要を紹介する。

参考資料*¹:日本循環器学会&日本心不全学会『心不全の定義』について