感染症で抗生物質を使うかどうかの事前指示を

抗生物質

抗生物質(抗菌薬)の投与を
希望するかどうか考えておく

現在、さまざまな事前指示書が用意されています。

そのなかに、事前に考えて自らの意思として書き記しておきたい項目の1つとして、「抗生物質の(強力な)投与を希望するかどうか」を加えている事前指示書が少なくありません。

先に無料で入手できる事前指示書として紹介した国立長寿医療研究センターの「終末期医療に関する事前指示書」もその1例です。

高齢になり、自らの終末期に備えて事前指示書の作成を考えた知人に、無料で入手できる国立長寿医療研究センターの事前指示書を紹介しました。シンプルですが、受けたい医療、拒否する医療を考えておくきっかけなるはずです。

そこでは、「抗生物質の強力な使用」について次のように解説してあります。

「感染症の合併があり、通常の抗生剤治療で改善しない場合、さらに強力に抗生物質を使用することを希望するかどうかです」*¹

加えてこの事前指示書の文末には、こんな注意事項が記されています。

「医療行為についてわからないことは、医師に相談するようにしてください」

ところが、これを読んだ知人が、「相談するにしても、抗生物質についてある程度の知識がないと、何をどう相談したらいいのかわからないから困るのよね」とぼやいていました。

これを聞き、「なるほど」と思うところがありましたので、今日は抗生物質(「抗生剤」「抗菌薬」とも言う)をテーマにその辺の話を書いてみようと思います。

以前ほど簡単には
抗生物質を処方してもらえない

沈静化はしているものの、いつこうに収束しない新型コロナウイルス感染症、さらに流行シーズンに入ったインフルエンザ、そして風邪症候群(いわゆる「風邪」)……。

今年の冬は、これらの感染症が猛威をふるい、発熱や体のだるさなどに悩まされて医療機関を受診する方が、例年以上に多くなりそうです。

そんなとき患者の立場としては、一刻も早くラクになりたいという思いから、「抗生物質をいただけませんか」となりがちです。

以前だったら、医師の側もこれに応えて、「念のため抗生物質を処方しておきましょう」となることも珍しくありませんでした。

しかし最近は、かつてほど簡単に抗生物質を処方してもらえなくなっています。

抗生物質の処方は細菌感染がある場合に限られる

そもそも抗生物質は、「抗菌薬」とも呼ばれるように、細菌に対する薬です。

したがって、医師から抗生物質を処方してもらえるのは、細菌感染がある場合に限られます。

ところが、2019年10月に内閣府の政府広報室が公表した感染症に関する世論調査の結果*²を見ると、抗生物質などの抗菌薬が、「風邪やインフルエンザなどの原因となるウイルスには効かない」ことを正しく理解している人は37.8%にとどまっています。

薬剤耐性の蔓延にWHOが
抗生物質の適正使用を勧告

そもそも抗生物質には、「薬剤耐性(やくざいたいせい)」という問題があります。

先の内閣府の世論調査では、この「薬剤耐性」についても尋ねていて、これには約半数(49.9%)が、この言葉自体は「知っている」と回答しています。

ところが、「抗生物質を正しく飲まないと、薬剤耐性菌が体の中で増える恐れがある」ことまで認識できている人の割合は、53.7%にとどまっています。

薬剤耐性菌とは、ある薬に対して、耐性(抵抗性)を獲得してしまった、つまりその薬が効かなくなってしまった細菌のことを言います。

長年にわたる抗生物質の不適切な使用により、今や多くの抗生物質に耐性を獲得してしまった「多剤耐性菌」の蔓延(まんえん)が世界的な問題になっています。

その対策として、WHO(世界保健機関)は2015年、抗生物質を適正に使用して使用量を減らすアクションプランを採択しています。

不必要な抗生物質は飲まない
処方された抗生物質は飲み切る

WHOのアクションプランを受け、日本政府も、2016年4月には「抗菌薬使用を見直して、薬剤耐性菌を減らそう!」をスローガンとする「薬剤耐性対策アクション」を打ち出しています。

同時に、その実現に資するようにと、厚生労働省は2017年6月、医療関係者向けに「抗微生物薬適正使用の手引き第一版」を作成しています(2019年12月に第二版を発刊)。

そこでは、患者が抗生物質の処方を希望することの多い急性気道感染症(いわゆる「風邪」や「感冒」など)や急性下痢症(「胃腸炎」や「腸炎」など)について、以下のように対処するよう求めています。

  1. 原則として、抗生物質を処方しない
  2. 抗生物質を使わなくても症状は十分改善できること、そのために配慮すべきことなどについて、患者や家族に説明する

同時に、処方を受ける側の国民に対しても、抗生物質の正しい使い方に理解を深め、以下を徹底するよう要請しています。

  1. 不必要な抗生物質は希望しない、飲まない
  2. 処方された抗生物質は処方どおりに飲み切る

国は抗生物質に関するさまざまな啓発ツール(ポスターや動画、リーフレット)を用意し、適正使用による薬剤耐性対策の普及に努めています*³。

是非一度、目を通してみてください。

抗生物質を使うことについて
かかりつけ医に質問してみる

以上に示した諸点を中心に抗生物質について理解を深めたうえで、「抗生物質の投与を希望するかどうか」については、あなたの病状はもちろん生活習慣などについてもいちばん理解してくれているはずのかかりつけ医、あるいは主治医と話し合い(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)をもつことをおすすめします。

その際には、自分の病状等を勘案した抗生物質の使用に関して、かかりつけ医(主治医)に以下を質問してみるといいでしょう。

  1. 自分が抗生物質を使用するメリットについて
  2. 自分が抗生物質を使用するリスクやデメリットについて
  3. 抗生物質の使用に代わる治療法について
  4. 抗生物質を使用することにより自分の生活にどのような影響があるか
  5. 抗生物質を使用した場合に予測される経過について

抗生物質の飲み合わせ・食べ合わせリスク

なお、抗生物質については、たとえば牛乳などの乳製品と一緒に飲むと効果が低減するなど、飲み合わせや食べ合わせのリスクがあることも頭に入れておくことをおススメします。

薬の飲み合わせにリスクがあるように、薬と食事の食べ合わせにもリスクがあります。その代表が、高齢者の循環器疾患治療に使われることの多い抗凝固阻止剤と納豆です。薬の処方を受けたら食事や飲み物の影響の有無を確認する習慣をつけたいものです。

参考資料*¹:終末期医療に関する事前指示書

参考資料*²:内閣府政府広報室「薬が効かない(薬剤耐性)感染症に関する世論調査」の概要

参考資料*³:抗菌薬を上手に使ってAMR対策
AMR(Antimicrobial resistance:薬剤耐性)