心不全の悪化防止に「心不全手帳」の活用を

心臓病

心臓のポンプ機能が低下して
「心不全」状態に

作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)さんが、11月9日(2021年)に亡くなっていたことが一斉に報じられました。99歳の大往生だったそうです。

亡くなられた原因が「心不全だった」と聞き、「心不全ってよく聞くけど、どんな病気だったかしら」と疑問を持った方も少なくないのではないでしょうか。

「心不全」というのは、正確には、病名ではありません。

狭心症とか心筋梗塞、不整脈、心臓弁膜症といった心臓の病気により、心臓のいちばん大事な機能であるポンプ機能が低下し、全身のあらゆる臓器に必要なだけの血液を送り出すことができなくなった状態を総称して「心不全」と呼んでいるわけです。

全身の組織に血液がうまくいきわたらない状態が続くと、息切れや動悸、疲れやすさ、むくみといった症状を自覚するようになります。

それでも心臓は、なんとかがんばって血液を送り届けようとフル回転するのですが、やがて心臓自体が疲れ果て、ギブアップしてしまうというわけです。

著名人の訃報を伝える新聞記事などで、死亡原因として「心不全」をよく目にするのはそのためです。

ていねいに書くなら、「弁膜症で心不全を生じたため」とか「心不全を伴った心筋梗塞により」となるのでしょうが、心不全の状態を引き起こしたもともとの心臓病がはっきり診断できていない状態で亡くなった場合は、「死因は心不全」となるようです。

専門学会が作成した
「心不全手帳」を手元に

心不全については、「あらゆる心臓病の終末像」とも説明されています。

だからといって、心臓病になったら必ず心不全を起こし、その状態が慢性化するなかで悪化していき、命を縮めることにつながるというわけではありません。

仮に慢性心不全の状態になっても、進行にブレーキをかけ、悪化を防ぐことは可能です。

そのためには、患者さん自らが心不全という状態を正しく理解したうえで、食事の管理や適度な運動などを普段からしっかり心がけて生活し、心臓の機能を少しでも回復させることが大切になるわけです。

そこで、日本心不全学会と日本循環器学会は共同で、心不全という状態の理解と日常的なセルフケアの方法について、患者さんとそのご家族向けにわかりやすく解説した「心不全手帳」と呼ばれる小冊子を作成し、公表しています。

この「心不全手帳」は、循環器系の診療科を中心に医療機関(病院、診療所、クリニック)で無料配布されていますから、関心のある方は主治医か看護師さんに尋ねてみてください。

あるいは、日本心不全学会のホームページ*¹から自由にダウンロードすることもできますから、日々のセルフケアに活用してみてはいかがでしょうか。

心不全と診断されたら
付き合い方を知っておこう

この手帳では、「心不全と診断されたら考えていきたいこと」の一つとして、「心不全という病気との付き合い方」が記されています。

そのポイントとしては、以下の3点があげられています。

  1. 心不全を悪くしないためのコツを知り、上手に付き合いながら生活する
  2. 「心不全手帳」を利用して自分のからだの変化に目を向ける
  3. 調子が悪くなったときは、そのサインに早めに気づいて受診し、心臓へのダメージを最小限にとどめる

このうち「3」の「心不全のサイン」については、次の2段階にわけて解説してあります。

  1. 早めの受診がすすめられるサイン(イエローカード)
  2. すぐに受診が必要なサイン(レッドカード)

早めの受診が必要な心不全のサイン

まず、「1」のイエローカード、つまり心不全が悪くなってきている兆候で、「水分や塩分を摂りすぎていないだろうか」「処方された薬はきちんと飲んでいるだろうか」など、生活の見直しが必要なサインとしては、以下があげられています。

  1. 体重増加――ここ数日で急激に増えている
  2. 足のむくみ――足のすね(膝関節から足首の間)を指で10秒押して、その部分を指でなぞってもへこんでいる、靴下の跡が強く残ったり、靴がきつくなった
  3. 動いたときの息切れ――少しの動きで息が苦しい
  4. 疲れやすい・だるい――からだがだるくて何もしたくない
  5. 食欲がない――食欲がなく、食べる量が減った

すぐに受診する必要がある心不全のサイン

「2」のレッドカード、つまり危険な状態にある可能性が高いと判断し、すぐに受診する必要があるサインとしては、以下があげられています。

  1. 何もしていないのに息苦しい、夜間咳が出てよく眠れない
  2. 寝ていて横になっていると息苦しいが、起き上がって坐ると息が楽になる
  3. 毎日、朝と晩(寝る前)に血圧を測定している*が、その値がいつもより低く、フラフラする
*家庭での血圧測定法については、こちらの記事の中で紹介しています。一度読んでみてください。
高血圧のなかには診察室血圧は正常範囲でも、家庭で測定すると高血圧を示す「仮面高血圧」がある。そのなかに「早朝高血圧」と言って、起床する時点ですでに血圧が上がっていて、脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクが高いタイプがあり、その発見には家庭血圧測定が必須だ。

心不全の悪化を防ぐために
気をつけたいこと

心不全を悪化させる要因はいろいろあります。

そのなかで、患者さん自らが普段の生活のなかで気をつけることで心不全が悪化するのを予防できることとして、「心不全手帳」は以下をあげています。

  1. 食事の面では、バランスのよい食事を心がけるとともに、塩分や水分の摂りすぎに注意する(減塩目標は1日6g未満に)
  2. 便秘による排便時のいきみは血圧をあげて心臓に過度な負担をかけるため、食物繊維の多い野菜類の摂取などにより便通の改善を図り、便秘が続くようなら医師に相談して酸化マグネシウム製剤などの処方を受ける
  3. 医師から処方された薬は指示された用法・用量を守って服用し、飲み忘れを防ぐ
  4. 適度な運動(歩行などの有酸素運動)は心臓の負担軽減につながるが、息切れをするような激しい運動をして心臓に負担をかけすぎない
  5. 定期的に通院し、通院を中断しない
  6. 生活習慣の見直しと日頃の体調管理を徹底して、血圧の上昇や貧血、不整脈を招かないようにするとともに、禁煙*、節酒、およびストレスをためこまないように心がける
*禁煙治療は決められている4条件をクリアすれば健康保険(3割負担で20,000円弱)で受けられるようになっています。詳しくはこちらを参照してください。
毎年5月31日~6月6日は禁煙週間。今年は「受動喫煙のない社会を目指して」をテーマに全国各地でキャンペーン活動が展開される。禁煙治療は健康保険で受けられることは周知されているが、その自己負担分を助成する自治体が増えていることも紹介する。

「心不全手帳」の「毎日の記録」ページの活用を

「心不全手帳」の巻末には「毎日の記録」シートがあり、「体重」「血圧(朝・寝る前)」「自覚症状(息切れ・むくみ・疲れやすさ・食欲低下・不眠)」「不眠」「服薬チェック」について、記録できるようになっています。

これらの情報は心不全の治療上とても重要なデータですから、毎日記録し、受診の際は忘れずに持参して、担当医にチェックしてもらうことをお忘れなく。

2020年に誕生した「心不全療養指導士」の活用を

なお、急増する心不全の患者さんの療養生活をより適正に指導して心不全の進行をできるだけ遅らせることを目的に、日本循環器学会は「心不全療養指導士」の認定制度をスタートさせ、2022年5月の時点で3420名の心不全療養指導士が誕生しています。

療養生活上の不安や悩みがあれば、一度相談してみることをおすすめします。
詳しくはこちらを参照してください。

あらゆる心臓病の終末像とされる心不全患者の急増を受け「心不全療養指導士」が誕生し、活動を始めている。心不全は良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に進行する。個々の生活に合った悪化スピードを遅らせる心不全との付き合い方をプロに学ばない手はないだろう。

また、心不全に伴う苦痛やつらさを和らげるための緩和ケアについても、こちらで書いています。是非お役立てください。

緩和ケアはがん患者のためのものと考えがちだが、そうではない。心不全に伴う息苦しさなどの苦痛やつらさを和らげるためにも緩和ケアが欠かせない。緩和ケアの目的は同じだが、症状が異なるようにケア内容も違ってくる。ただ、我慢しないでつらさを伝えることの大切さは同じだ。

参考資料*¹:日本心不全学会「心不全手帳 第2版」