口からものを食べられなくなるとき

食べる

「おいしく食べる」が
生きる楽しみ、生きる力に

自分の口からものを食べたり飲んだりすることを、私たちはあまり意識することなく、毎日当たり前のように繰り返しています。とりわけ若く元気に活動しているうちは、栄養を補うとかエネルギー補給をすることだけを念頭に、ときにノルマを果たすかのような感覚で、毎日三度の食事をほぼ機械的にとってよしとする傾向があります。

ところが高齢になってくると、もちろん栄養補給の意味合いもあるのですが、「口からものをおいしく食べること」が生きる楽しみにもなってくる、という話をよく耳にします。

実際、特別養護老人ホームのような高齢者施設で働いている看護師さんを取材すると、「おいしく食べてもらえる」ように、1食1食のメニューやその盛り付け、さらには食堂の雰囲気づくりにも、抜かりなくこころ配りをしているという話をしてくれます。

「食べること」へのケアにそれだけこだわるのには、それなりの理由があるようです。

いつも明るく、冗談を言っては周りを笑わせて人気を集めていた高齢者が、口から食べられなくなった途端、楽しみを取り上げられたように急に元気がなくなり、口数も少なくなってしまうということを、これまで幾度となく経験してきたからだそうです。

食べ物を口に入れても
うまく飲み込めない

高齢になってくると、口から食べることには、「生きている証(あかし)」ほどの意味があるようですが、残念ながら、加齢に伴って食べたり飲んだりすることが難しくなってくることは珍しくありません。

よく耳にするのは、「嚥下(えんげ)障害」と呼ばれる状態です。嚥下、つまり口に入れたものを飲み込むことがうまくできなくなる状態です。

たとえば、歯が弱っていたり、失ったりしていれば、口に入れた食べ物を噛み砕いて咀嚼(そしゃく)することがうまくできませんから、飲み込みが悪くなります。

高齢になってくると「口腔内乾燥症」、いわゆるドライマウスと呼ばれる状態に悩まされることも多くなってきます。唾液の分泌量が低下することが原因ですが、口の中がパサパサに乾いてしまい、口に入れたものを咀嚼するのも飲み込むのもうまくできなくなるのです。

高齢者に多いドライマウス(口腔乾燥症)は、薬の副作用として現れることが多い。なかには深刻な病のサインのこともあり、「口が渇くだけだから」などと見過ごしていると、食事摂取や日常会話に支障をきたし、QOL(生活の質)の低下を招くことも。気づいたら早めの受診を。

口内炎や舌炎(ぜつえん)、咽頭炎(いんとうえん)、食道炎など、口に入れた食べ物を咀嚼してから胃まで送り込む通り道の、どこかに一つでもトラブルがあれば、嚥下がうまくいかず、食事中にむせたり、咳き込んだり、胸がつかえたりすることが多くなってきます。

誤嚥性肺炎により
亡くなる高齢者が増加

嚥下がうまくいかず、「誤嚥(ごえん)」と言って、食べたり飲んだりしたものが本来の通り道である食道ではなく気道に誤って入ってしまうと、窒息や肺炎を起こして、いのちに危険が及ぶことがあります。

近年、この「誤嚥性肺炎」が原因で亡くなる高齢者が増えています。生前活躍されていた著名人のなかにもこの肺炎で亡くなられた方が多く、その都度新聞などで訃報が死因とともに報じられていますから、「誤嚥性肺炎」という病名をご存知の方は少なくないことと思います。

食事中にむせたり、水を飲むと咳き込んだりの積み重ねによって起こる誤嚥性肺炎は、高齢者には死に直結する大問題。その予防に、歯科医師が開発した舌の筋力アップのためのトレーニングボトルを紹介する。形状も機能も哺乳ビンによく似たボトルで手軽に訓練できる。

口から食べられなくなると
「フレイル」リスクが高まる

いのちを失うほどではないまでも、口から食べられない、あるいは少ししか食べられない状態が続いていると、栄養状態が低下して、「フレイル」と呼ばれる状態に陥りがちです。

「フレイル」とは、加齢により心身が老い衰えた状態を言います。具体的には、体重が減って疲れやすく、筋力が落ちて早く歩けないうえに、握力なども弱って活動も緩慢になり、気力も低下してしまうような状態です。

このような状態になるとからだの抵抗力、いわゆる「免疫力」も落ちますから、風邪やインフルエンザにもかかりやすくなります。

一度かかると悪化して肺炎へと進行しやすいうえに、足腰の筋力低下により転倒して骨折するなどすれば寝たきりの状態に陥りやすくなったりもします。精神面でも感情をコントロールできなくなったり、判断力が鈍くなったりしてきます。

エンシュアを活用して
口から食べることにこだわる

こうなるのを避けようと、口からものを食べたり飲んだりできなくなると、人工的に水分や栄養を補給する方法が検討されるようになります。その方法は複数あり、それぞれにメリットとデメリットがあります。

次回からはそのへんのことを、人工的に栄養補給をしないで「口から食べる」ことにこだわる選択も含め、詳しく書いていきたいと思います。

がん患者や誤嚥性肺炎のリスクにより口から食べることを「やめたほうがいい」と医師から言われる高齢者の間で、「エンシュア・リキッド」という栄養剤が人気と聞く。医薬品だから医師の処方が必要だが、胃瘻などの人工栄養を選択する前に検討してみてはどうか。

なお、口から食べて栄養を補給することを、医療スタッフの皆さんは「経口栄養(けいこうえいよう)」、人工的な補給法を「人工栄養」と呼んでいます。こんな言葉を知っておくと、医療スタッフと事前指示について話し合うアドバンス・ケア・プランニング(人生会議)の際にも役立つのではないでしょうか。

口から食べる動作に支障があれば

摂食嚥下障害のなかには、「捕食」といって、目の前にある食べ物を口に運ぶ動作に支障をきたすタイプもあります。「脳卒中の後遺症で腕がうまく上がらない」「パーキンソン病で手の震えがあり、口に運ぶまでの間にこぼしてしまう」、という場合です。

このような方が、「ご自分で口から食べることができるようにしたい」とケア方法を研究している看護師さんがいて、彼女が考案した「KTスプーン」があります。関心のある方はこちらを参考にしてみてください。

摂食嚥下障害があり医師から胃ろうなどの人工栄養を提案される人のなかには、食べる動作を工夫さえすれば自分自身で口から食べることができるという例が少なくない。そんな方のために、現役看護師が考案した画期的な「KT(口から食べる)スプーン」を紹介する。