栄養状態がよくないからと、
胃ろうをすすめられる
自宅で80歳を過ぎた母親を介護している友人から、「ケアマネさんから胃瘻(いろう)をすすめられて迷っている」という相談を受けたことがあります。ケアマネとはケアマネジャー、正確には「介護支援専門員」のことです。
介護保険制度に精通していて、受けたい介護サービスのケアプランを介護を受けるご本人と相談しながら立案したり、ご家族と介護スタッフ、場合によっては医師や訪問看護師ら医療スタッフとの間をとりもったりと、介護保険サービスの利用には欠かせないスペシャリストと言っていいでしょう。
友人の母親は、日に日に食べる量が減ってきてはいるものの、本人の希望もあり、なんとか頑張って口から摂るように努力してきたそうです。ところがこのところ、食事中にむせて咳き込むことが多くなり、心配した担当のケアマネジャーから、こんな提案があったそうです。
「このままでは誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)*が心配です。それと、食事の量も少なくて栄養状態があまりよくないですから、この際、胃ろうを通じて栄養を補う方法に切り替えたらどうでしょうか。胃ろうにすれば過不足なく栄養を補給できますから、栄養状態はよくなるし、誤嚥性肺炎の心配もなくなりますよ」と――。
たとえば、誤嚥予防のツールとして、「タン練くん」と呼ばれるトレーニングボトルがあります。詳しくはこちらを。
胃ろうを作って、
胃に直接流動食を送り込む
「胃ろう」とは、文字どおり胃と、胃の部分の腹壁に瘻孔(ろうこう)、つまり穴を開けて「カテーテル」と呼ばれるチューブを通しておき、そのチューブを介して、胃に直接流動食などを送り込む栄養法です。
この栄養補給法を選択するには、消化管(胃と腸、とくに腸)が正常に機能していて、チューブを介して流動食などを送り込んでも、消化管のどこかで詰まったりする心配がなく、安全であることが前提となります。
加えて、事前に胃ろうを作る手術が必要です。手術と言っても、内視鏡(胃カメラ)を使って行われますから、開腹手術の必要はありません。麻酔も全身麻酔ではなく、局所麻酔で行われますから比較的安全で、おおむね10分から15分ですむ簡単な手術です。ちなみに、胃ろうを作ることを医療スタッフは、「胃ろう造設(ぞうせつ)」と呼んだりします。
いったん胃ろうを造設すると、胃ろうのチューブを定期的に交換する*必要がありますが、これによって長期にわたり安定した栄養補給を続けることができます。
胃ろうによる栄養法には、
延々と生かされる懸念も
胃ろうによる栄養補給には、同じ人工栄養である鼻からチューブを入れて栄養を補給する方法に比べると、「チューブが抜けてしまう心配がない」「チューブ交換をする際に本人にかかる負担が少ない」などのメリットがあります。
なによりも、胃ろうのチューブは服に隠れますから、見た目はもちろん本人も「クダにつながれている」という印象が薄まり、顔の表情も苦痛なく普段どおりの状態が保てることが、特に女性に選択される理由でもあるようです。
また、注入した流動食などが逆流して誤嚥することがありますから、ケアマネジャーさんが言うように「リスクがなくなる」とは言いきれないものの、リスクが大幅に低くなるのもメリットの一つです。
ただ、いったん胃ろうによる栄養補給を始めると、かりに意識がはっきりしないような状態になっても、本人の意思に関係なく、延々と栄養が補給されて生かされ続けることへの懸念は残ります。この点を心配して、かかりつけ医などから胃ろうによる栄養補給の提案を受けても、「望まない」選択をする人も、最近では少なくないようです。
胃ろうを途中で中止する選択肢も
こうした声が年々増えているのを受け、日本老年医学会は一つの決断をしています。2012(平成24)年6月に公表した高齢者の終末期における栄養補給に関するガイドラインのなかで、胃ろうなどによる人工栄養を開始したあとでも、いのちを長引かせるだけの状態になった場合は、本人を含む関係者との話し合いにより栄養補給を中止できるとしているのです。
ただ、中止するには、当然のことながら、次の2点をはじめとするいくつか厳しい条件をクリアする必要があります。
- 本人や家族、医療者サイドでの合意が必要
- 合意に至るまでの話し合いの経緯を記録に残す
なお、冒頭で紹介した友人の母親の件ですが、かかりつけ医のすすめと、母親の「それで元気になり、少しでも娘や孫たちとの時間を持てるのであれば」との意向もあり、胃ろうによる栄養法を受けることに決めています。
追記:半年ほど過ぎて、結論から言えば、母親の胃ろうは中止となっています。その経緯はこちらにまとめてありますので読んでみてください。