認知症の方には努めて穏やかな態度と笑顔を

認知症 笑顔

認知症のご家族との
意思の疎通が図りにくくなったら

認知症のご家族を介護している方、あるいはその経験のある方はよくおわかりだと思いますが、認知症は症状が進行するにつれ、意思の疎通を図る、つまりコミュニケーションをとることが難しくなってきます。

こちらが話すことを、なかなかわかってもらえなくなってくるのです。

同時に、認知症の方が自分の気持ちや考えていること、訴えたいことを言葉にして伝えようとしても「言葉が思うように出てこない」ことがよくあります。

「同じ話を繰り返す」「話すことに論理的なつながりがない」などのために、気持ちを伝え合うことが徐々に難しくなってきます。

このような場合、介護している側は、ともすれば相手が認知症であることを理由に、「何を言っているのかわからない」「話してもわかってもらえないだろう」とか、「また同じことを言っている」などと簡単に片づけてしまいがちではないでしょうか。

あるいは伝えたいことがあるのに伝えられずにいる相手の気持ちをおもんばかり、介護している側がただ一方的に話しかけ、そのためかえって相手を混乱させてしまうといった経験をされた方も少なくないだろうと思います。

認知症の方に対する
表情や視線が非言語的シグナルに

認知症の方との接し方については、言葉でのやりとりだけに懸命になるのはよくないといったことをよく言われます。

言葉だけに頼るのではなく、顔の表情や視線、ジェスチャーなど、相手から送られる非言語的、つまり言葉以外のシグナルにも目を向け、相手の伝えようとしていることを読み取っていくことが大切だと――。

この非言語的なシグナルに関しては、介護やケアをする側から送り出すシグナル、とくに「笑顔」に象徴される表情や視線も、認知症の方とこころを通わせるうえで大変役に立つという興味深い研究結果があります。

この研究は、わが国で認知症患者が増え始めた10年余り前に行われています。

研究を行ったのは、愛知県にある認知症介護研究・研修大府センターの小長谷陽子(こながやようこ)研究部・部長(医師)を主任研究者とする研究グループです。

同研究は、60歳以上の認知症高齢者32人(76~88歳)と、同世代で特定の慢性疾患をもたず日常生活も支障なく暮らしている63人を対象に、以下2点の正答率を測定するという方法で行われました。

  1. 有名人の顔写真を見てもらったうえで名前や職業を尋ねる「顔の同定」
  2. 笑った顔や怒った顔などの写真を見てもらってその人の感情を推しはかってもらう「表情の認知」

認知症の方の
表情や感情を察知する能力

得られた結果は、ちょっと意外なものでした。

顔写真から有名人を同定、つまり見きわめる検査では、認知症の症状が進むにつれて正答率が低下したのに対し、写真に写っている人の感情を推しはかる「表情の認知」の正答率は、認知症高齢者と健康な高齢者でそれほど大きな差がない、という結果が出たというのです。

この結果から研究グループは、次のように推察しています*¹。

認知症が進行して相手の顔を認識できなくなっていても、笑ったり怒ったりしている「表情」や「視線」といった非言語性のシグナルを介して相手の感情や意図を推しはかるのに必要な脳の機能は、比較的保たれている、と――。

笑いに象徴される表情を読みとる能力は低下しない

認知症は、問題なく機能していた脳の知的機能、すなわち物事を記憶したり学習したり、自分の置かれている状況を理解したり、判断するといった「認知する能力」が低下することにより、「自分でできないこと」が徐々に多くなり、自立した生活を維持していくことに支障をきたすようになった状態です。

この認知能力の衰えは、一気にすべてのことができなくなるといったかたちで現れるわけではありません。

コミュニケーションについていえば、対している相手の、笑いに象徴される表情や視線を感じとる能力は、認知症がある程度進行してもなくならないで残っている可能性が高いことが、この研究により実証されたことになります。

穏やかな態度と笑顔で接していると
認知症の方からたくさんのシグナルが

認知症の患者さんをケアしている看護師さんを取材すると、患者さんに残っているこうした機能を最大限活用し、患者さんが伝えたがっている気持ちや思いに近づけるように、努めて穏やかな態度と笑顔で接するように心がけているといった話をよく耳にします。

ケアする側が見せる穏やかな態度と軟らかい表情は、自分に起きていることが理解できずに不安と戸惑いのなかにいる認知症患者のこころを落ち着かせ、たくさんの非言語的なシグナルを送ってくれるようになる――。

その送られるシグナルを重ね合わせ、患者さんが伝えようとしていることを探りながらかかわっていくと、「たぶんこの人は自分にとって安心できる人だとでも思ってくれるからでしょうか。認知症の方によくみられる急に怒り出すとか、拒絶するといった症状もなくなってくる」のだそうです。

認知症の家族を介護していると、つい口調がきつくなりがちだ。だが、フランス生まれのユマニチュードが提唱する4つのコミュニケーション技法でかかわっていると、自分が優しくなれるだけでなく、認知症の本人も優しくなってくる。そんな体験談を紹介する。

穏やかな気持ちで介護できるように

在宅で認知症のご家族を介護する方は年々増加する一方です。

介護の期間が長引けば、介護疲れから表情が固くなるのも無理からぬことだとは思います。

しかし、むしろそうした表情が認知症の方に不安感を抱かせ、送り返してくれるはずの非言語的なシグナルを曇らせてしまい、そのためかえってこころが通いにくくなってしまうことをお伝えしたいと思い、紹介させていただきました。

なお、介護疲れを感じたら認知症デイサービスを利用して、いっときでも介護からはなれてリフレッシュすることをおすすめします。

在宅で認知症の夫や妻を介護していると、24時間、365日一緒に暮らしていることにより心身ともに疲労困憊の状態に陥りがち。時には介護から解放される時間を持つことがすすめられる。その一つの方法として、認知症デイサービスの利用を提案したい。

あるいは、「レスパイト入院」といったサービスも用意されています。

在宅療養では介護者自らの疲労回復が重要だ。その対策として介護保険にはショートステイというサービスがある。しかし医療的なかかわりが必要な場合は断られてしまう。その救済策として医療保険では「レスパイト入院」制度を設けている。この制度のポイントをまとめた。

認知症の方との接し方のガイドラインも

認知症の方との接し方については、こちらの記事で国土交通省が作成したガイドラインを紹介しながら、基本的なことをまとめて書いています。是非一度読んでみてください。

65歳以上の高齢者の6人に1人に発症リスクがある認知症。家庭で職場で、あるいは街中で認知症の方と接する機会が増えている。そんなとき、対応に戸惑ったりすることがないように、あるガイドラインをもとに相手を混乱させないコミュニケーションの方法をまとめた。

参考資料*¹:小長谷陽子ほか「認知症における知的機能とコミュニケーション機能」『平成18年度認知症介護研究報告書』2007、p.61-66)