「事前指示書」が最期まで尊重されるために

話し合う

「事前指示書」の内容に
家族の合意をとりつけておく

「事前指示書」、いわゆる「エンディングノート」については、元気なうちから準備していても、いざとなったときにあらかじめ書き記しておいた意思どおりにしてもらえるとはかぎらない、という残念な現実があります。

そうなってしまう理由を、患者さんの終末期にかかわっている医師や看護師さんに取材してみると、ケースバイケースでいろいろな答えが返ってきます。

なかでも目立って多いのは、ご家族の強い希望により、事前指示書に記されているご本人の意思を尊重できなかったケースだそうです。

とかく家族というものは、長年にわたり苦楽を共にしてきた身内には「一分でも一秒でも長く生きていてほしい」と願うものです。ただ、家族と一言で言ってもその関係性は一様ではなく、諸事情がからんで、そんなふうに望まないご家族もわずかながらいるようですが……。

ですから家族のいる方は、回復する見込みがなくなった場合に自分はどのような治療を受けたいか、どのような治療は受けたくないかを、元気なうちにご家族と話し合い、事前指示書の内容に合意をとりつけておくことが必要になってくるのです。

この合意に至るまでの話し合い、いわゆる人生会議を省略してしまうと、ご自分の意思を表明できなくなったときに、事前指示書に表明している自分の意思よりご家族の「生きていてほしい」という希望が優先されることが起こり得るようです。

その結果として、拒否したはずの延命処置が強行されて、自分らしいいのちの終わり方ができなくなるとしたら、いかにも残念ではないでしょうか。

「事前の本人の意思」を
尊重できない事情も

わが国の終末期における医療・ケアのあり方については、厚生労働省が「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の最新改訂版を、2018(平成30)年3月14日に公表しています。

このガイドラインには大まかな基本姿勢が示されているのですが、そこにも、人生の最終段階、つまり終末期にある医療・ケアは「本人による意思決定を基本」に進めることが最も重要な原則である、と明記されています。

「本人の意思が重要」としているわけですが、そのとおりになるとは限らないのには、医療者サイドの事情もあります。

最期になって人工呼吸器の使用をめぐる課題が

たとえば、延命治療に関する希望として、「呼吸が止まった場合に人工呼吸器につなぐのはやめてほしい」と、事前指示書で表明する方が、最近増えているそうです。

そこで、患者さんの事前指示書を確認した担当医は、その意思を尊重して、救命処置として装着されていた人工呼吸器を外すことを検討します。人工呼吸器を取り外せば、ほどなくして呼吸が止まり、患者さんは死亡します。

この場合、ご家族の同意が得られないままに患者さんの意思を尊重して人工呼吸器を外してしまうと、担当医はご家族に訴えられ、刑法202条にある自殺関与・同意殺人の罪で起訴されるリスクを負うことになってしまいます。

このようなリスクを避けようとすると、医療者サイドとしては、患者さん本人が事前に表明した意思ではなくご家族の希望を選択してしまうことにもなりかねないわけです。

こうした事態は、「事前指示書」や「リビングウイル」に法的効力がない現時点では、避けられないこととしてしっかり押さえておく必要がありそうです。

事前指示書の作成に
医療の担い手も参加を

人生の最終段階における医療やケアが、場合によっては、本人の意思以上に家族の意思が優先されて進められるような事態を、国としても良しとしているわけではないようです。

最期のときに本人の意思が生きるための法整備に向けた取り組みも、行きつ戻りつではありますが、確実に進んでいます。何よりも、改訂されて間もない先のガイドラインには、「本人の意思決定」を尊重しようとする姿勢が、より明確に示されています。

具体的には、一人ひとりがその人なりの「望ましい最期」を迎えられるように、医療やケアに関する本人の意思決定には、家族はもちろんですが、その方の病状や治療・ケアについて適切な情報提供と説明ができる医師や看護師などの医療従事者、場合によっては介護スタッフも参加して、十分な話し合いを行うことの重要性を強調しているのです。

事前指示書をもとに
家族でACP(人生会議)を

同時に、その意思決定については、本人が自らの意思を伝えられなくなった場合に備え、「前もっての意思表示」が必要としています。そのための「アドバンス・ケア・プランニング」(略称「ACP」、愛称「人生会議」)を取り入れていくことも勧めています。

この「アドバンス・ケア・プランニング」では、本人の意思決定を「家族や医療従事者・介護従事者も一緒に考え、話し合う」プロセスを重視しています。

特に医療や介護を担ってくれるスタッフ、とりわけかかりつけ医などがこの「人生会議」という話し合いに加わってくることに、大きな意味があるように思うのですが……。そのへんのことはこちらの記事に書いてありますので、一度読んでみてください。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)では、話が最期のときに集中しがち。そのため愛称が決まっても、馴染まないとの声が依然として多く聞かれます。もっと気軽に世間話の感覚で、今の自分の健康状態や生き方を考えることから始めてみては……。

いずれにしても、誰もが納得した最期を迎えるためには、体調が悪くて弱気になっていたり、判断力が低下していたりという状態になる前の、元気なうちから人生会議(ACP)を繰り返し何度でももつことが大切になってきます。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の普及を願い、厚労省はその愛称を「人生会議」に決めました。1人でも多くの人が納得して最期を迎えるためにも、自らの死について気軽に語り合えるようになればとの思いが、この愛称に込められているとか。

事前指示書の内容で家族でもめたら

なお、事前指示書の内容で家族間で意見の食い違いが出たり、人生会議において家族が合意に達せられず関係が気まずくなったりすることもあるでしょう。

そのようなときは、病院内にある「患者アドボカシー相談室」を利用することをお勧めします。この相談室の詳しいことはこちらをご覧ください。

「患者アドボカシー相談室」を設置する病院が増えている。従来の、苦情受付のような相談室とは違い、そこにいる医療メディエーターが、中立第三者の立場で患者と医療者間、ときに患者と家族間の対話を仲介して関係の修復を図り問題解決の手助けをしてくれるという。