睡眠薬や鎮静薬の副作用で「床ずれ」に?

睡眠薬

睡眠薬等の副作用で
床ずれが発生・悪化する

このところ医療や介護の現場で、「薬剤誘発性褥瘡(じょくそう)」がよく話題になるという話を、懇意にしている訪問看護師さんから聞きました。褥瘡とは、「床ずれ」のことです。

床ずれは、同じ姿勢で寝ている時間が長くなったり、座椅子や車椅子などに長時間座りっぱなしでいると、自らの体重で圧迫され続けた部位の血流が悪くなったり、滞ったりすることによってできる傷のことを言います。

傷が悪化すると、その皮膚の組織が「壊死(えし)」と言って腐ってしまったり、細菌感染を起こして化膿し、重症化すると死につながる可能性もあります。

寝たきりのような状態でいる方やその介護をしている方にとって、床ずれは是非とも避けたいトラブルの一つと言っていいでしょう。

この床ずれについては、その多くが長時間同じ姿勢でいることが原因ではあるものの、背景に、服用している睡眠薬や鎮静薬のような薬が誘因になっているケースも少なくないことが、最近になってしばしば指摘されています。これが、「薬剤誘発性」と呼ばれる床ずれ、つまり薬の副作用でできる床ずれです。

最近まで歩いていた女性の
背中に床ずれを発見

薬剤誘発性の床ずれがあることを初めて指摘し、広く医療・介護従事者にその存在をアピールして注意を呼びかけているのは、国立長寿医療研究センター病院薬剤部の薬剤師、溝神文博(みぞかみ ふみひろ)氏です。

溝神氏が厚生労働省の会議で提出した資料*¹によれば、薬物誘発性の床ずれについて溝神氏が考えるようになったのは、夫に付き添われて受診してきた80歳代の女性の背中に、主治医が床ずれを発見したのがきっかけだったそうです。

受診の理由は、自力で杖歩行、つまり杖をついて自分で歩けていたのに、2週間ほど前から微熱が出始め、「歩くどころか立つことさえおぼつかなくなってきた」というものでした。この女性には、糖尿病とアルツハイマー型認知症があります。

いろいろ検査をしたものの、歩行障害を招くような所見も、床ずれができるような所見も見当たらず、何か手がかりはないかと考えた挙句、持参薬を確認してみようということになり、薬剤師である溝神氏の登場となったようです。

睡眠薬の服用を中止したら
床ずれが回復に向かった

持参薬を調べると、女性に処方され服用していた5種類の薬が入った袋とは別に、夫の名前が書かれた薬袋(やくたい)があり、そこには「トリアゾラム(商品名:ハルシオン)」という睡眠導入剤(睡眠薬)*が入っていたそうです。

なぜ夫に処方されていた薬まで妻の受診に持参したのでしょうか。その点を夫に尋ねると、「自分が不眠で処方してもらったものだが、妻もしきりに眠れないと訴えるため、自分の判断で飲ませていた」とのことでした。

主治医と検討を重ねた結果いきついた結論は、夫に処方されていた睡眠導入剤を服用したことにより、女性が服用していた薬との相互作用が働いて「過鎮静(かちんせい)」と呼ばれる過度に深い鎮静状態に陥ったのだろう、というものでした。

過度の深い鎮静状態に陥ったことにより、「無動」と呼ばれる全く動かない状態でじっと長時間椅子に座り続け、背もたれに圧迫され続けていたことが背中に床ずれができた原因だろう、と推察されたわけです。

そこで、まずは原因と推察される睡眠導入剤を中止して様子を見ることに――。

すると、女性は徐々に自ら体を動かすようになり、その動きが増えるに伴い床ずれの原因になっていた背中への外圧も取り除かれて床ずれが回復に向かい、140日後には床ずれが治癒したと報告しています。

*睡眠導入剤は、医師による処方箋が必要な医療用医薬品の睡眠薬のなかで作用時間が短いタイプの薬。寝つきをよくする効果があり、「なかなか寝つけない」「寝つきが悪い」ときに処方される。医師の処方箋がなくても街の薬局やドラッグストアなどで購入できる睡眠改善薬とは作用が異なる。

鎮静作用のある薬を服用中は
床ずれの発現・悪化に注意を

この女性が経験したような、睡眠薬や鎮静薬の副作用でできる床ずれは、潜在的にフレイル*の状態にある高齢者、あるいは自力での歩行がおぼつかなくなっているような認知症の高齢者に多いと推測されています。

*フレイルとは、とかく「歳のせいでしょう」として見過ごされがちな「加齢により心身の活力が低下した状態」のこと。具体的には、加齢に伴う筋力の低下などにより足腰が弱って歩くのも一苦労となり、家に閉じこもりがちで、気分も落ち込んで抑うつ的になっているような状態。日々の生活に介護などのサポートが必要な「要介護状態」の前段階と説明されている。フレイルかどうかのチェック方法については、こちらを。

かつては「もう歳だから」と諦めていた体力や気力が低下した「フレイル」と呼ばれる状態は、その兆候に早めに気づき生活習慣を改善すれば、要介護状態への進行を食い止めることができます。その第一歩となるフレイルチェックの方法を紹介します。

しかし、薬の副作用として発現・悪化する薬物誘発性の床ずれは、薬が関係しない一般的な床ずれと見分けがつきにくいものです。そのうえ、医療や介護の従事者にもこのタイプの床ずれはあまり知られていないこともあって、その多くが見過ごされている恐れがあると、溝神氏は指摘しています。

そのうえで、睡眠薬や鎮静薬、抗不安薬といった鎮静作用のある薬*を服用する(させる)際には、副作用の一つとして、必要以上に薬が効きすぎて過度の深い鎮静状態に陥る可能性があること、その結果、同じ姿勢で動かないでいるために床ずれができるといった弊害があることを認識する必要があると、注意を呼びかけています。

*鎮静作用のある薬とは、イライラや興奮といった神経の過度な興奮を抑制する効果のある薬をいう。

在宅で家族を介護している方には是非知っておいていただきたい情報として、紹介させていただきました。具体的には、まずは以下の2点をチェックしてみてはいかがでしょうか。

  1. 服用している鎮痛薬により痛みや違和感を感じにくくなっていないだろうか
  2. 睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬などにより活動性が低下していないだろうか

チェックの結果、「もしかして、介護している夫の床ずれがなかなか治らないのには服用している薬が関係しているのでは……」と疑問をもたれた方は、かかりつけ医や訪問看護師に相談してみることをお勧めします。

床ずれの発生や悪化を防ぐ方法

なお、床ずれの予防や悪化を食い止める方法については、こちらの記事で詳しく紹介しています。是非読んでみてください。

寝たきりや車いすに座りっぱなしでいるとできやすい床ずれ。早めに気づき、適切に対処すれば傷の悪化を食い止めることができる。その対策として、時間ごとの体位交換、除圧効果のあるマットレスやクッションなどの福祉用具の活用、栄養や薬の面での注意点をまとめた。

参考資料*¹:厚生労働省 第2回高齢者医薬品適正使用検討会資料2/溝神文博「高齢者で特徴的な薬物有害事象」