抗血栓薬服用中は転倒・転落を甘く見ない

階段を下りる

抗血栓薬服用中の
転倒による頭部打撲のリスク

高齢者の転倒や転落事故が、家庭内はもちろん、屋外のさまざまな場所で頻発しています。

日本脳神経外科学会のプロジェクトである「日本頭部外傷データバンク」の統計によれば、転倒などにより頭部外傷、つまり頭をぶつけるなどして傷を負い病院に運び込まれる患者さんの高齢化が進んでいるそうです。

特に増加が際立っているのは、70歳以上の患者さんです。

同時に、その原因として最も多いのは、相変わらず交通事故(41.9%)ですが、次いで多いのが転倒や転落で40.8%と、ほぼ同率になっているそうです。

とりわけ高齢者の転倒・転落の原因として危惧されるのは、筋力の低下です。

歩く、立ち上がるといった日常生活におけるさまざまな動作がぎこちなくなり、「廊下で滑って転ぶ」「階段を踏み外して転げ落ちる」といった事故が発生しやすくなっているのです。

この転倒・転落については、高齢者、とりわけ血をサラサラにして血栓ができるのを予防する「抗血栓薬」を飲んでいる方が転倒や転落などにより頭部を強く打った場合、直後は普段と変わりなくても「甘く見てはいけない」、といったことが盛んに言われています。

どういうことなのでしょうか。

高齢者の転倒・転落と血をサラサラにする抗血栓薬の因果関係について、ざっくり書いてみたいと思います。

転倒・転落による頭蓋内出血が
抗血栓薬の作用で止まりにくい

高齢者に限ったことではないのですが、転倒・転落して頭をぶつけたりすると、よほど強く打ちつけた場合を除き、意識がはっきりしていると照れくささもあってか、「大丈夫、大丈夫」と、何ごともなかったように振舞いがちです。

周囲にいて、転倒あるいは転落するところを目撃した側も、本人が「大丈夫だ」と言うのを聞き、話もできるし立ち上がることもできるようだから大したことはないのだろう、と判断して、そのまま様子を見ることになりがちです。

ところが、その転倒・転落した方が抗血栓薬、たとえばワルファリンなどの抗凝固薬やアスピリンなどの抗血小板薬を服用している場合は、本人が話すような「大丈夫」では、とうてい済まないケースが少なくないようです。

直後はいつもどおりでもしばらくすると……

頭部を打った直後は意識がはっきりしていて会話が可能であっても、その打撲により頭蓋内で脳の血管が切れ、多少でも出血が起きていると、血をサラサラにして固まりにくくする抗血栓薬の作用により、出血がじわじわと続くことも珍しくありません。

頭蓋内の出血が続いている場合、しばらくすると徐々に意識が薄れていき、呼びかけても返事が返ってこないといった状態に陥ります。

そこで、近くにいて事の重大さに気づいた方が慌てて救急車を呼んでも、病院へ運び込まれる頃には昏睡状態に陥り、医療チームによる最善の治療を受けても、最悪、亡くなってしまうといったことも珍しくないようです。

抗血栓薬を服用している方は
頭部外傷の危険性が高い

このような患者を救おうと、日本脳神経外科学会や日本救急医学会等の関連学会が、2018年3月から、「Think FAST(シンクファスト)」と呼ばれるキャンペーンを展開しています。

「Think FAST」とは、転倒などにより頭部を強打した高齢者を目にしたら、とりあえず抗血栓薬を服用しているものと想定し、一見何ごともないかのように見えても、頭蓋内出血のリスクを念頭に迅速かつ的確に対応しよう、といった意味と解していいでしょう。

このキャンペーンでは、医療関係者は当然のこと、広く一般に向けて、以下に該当する方が転倒・転落により頭を強打したときは、思った以上に深刻な事態に陥るリスクが高いことを忘れずに対応するよう呼びかけています。

  1. 心房細動があり、心房内でできた血栓(血の塊)による心筋梗塞を予防するために、ワルファリンなどの抗凝固薬を服用している
  2. 動脈硬化による心筋梗塞や脳梗塞を予防するために、アスピリンなどの抗血小板薬を服用している

同時に、上記に該当する高齢者は、転倒・転落により頭部を打撲した場合の危険性と、軽症であっても病院を受診する必要があることを理解し、少しでもいつもと違うと思ったら、直ちにかかりつけ医に連絡するなり、近くの医療機関を受診するよう促しています。

抗血栓薬服用者であることを「お薬手帳」に明記

また、緊急時に受診先、あるいは搬送先の医療関係者にわかるように、次の2点をお薬手帳に明記し、その手帳を常時持ち歩くことをおすすめします。

  1. 自分が服用している抗血栓薬の薬剤名
  2. その抗血栓薬の中和剤の薬剤名

ここでいう「中和剤」とは、抗血栓薬の服用により血が止まりにくくなっている状態をもとに戻し、止血を促す薬のことです。

抗血栓薬のすべてに中和剤があるわけではありません。

自分が服用している抗血栓薬に中和剤があるかどうかを処方医に確認し、ある場合は、その薬剤名を確認しておくことが大切です。

確認したら、その薬剤名を「中和剤」としてお薬手帳に明記しておけば、もしものときに素早く適切な対応を受けるうえで貴重な情報となります。

転倒リスクのセルフチェックを

なお、転倒リスクを自己診断して、そのリスクに応じた予防策を講じておくのも深刻な事態を防ぐうえで大切なことです。

詳しくはこちらをご覧ください。

「転倒による骨折」は、要介護・寝たきり状態の原因の上位にランクインしています。国立長寿医療研究センターのサイトにある「高齢者のための転倒防止セルフチェック」で自らの転倒リスクを把握し、リスク応じた予防策に取り組むことをおすすめします。

段差の解消や手すりの取り付けなどに介護保険を利用

セルフチェックの結果、転倒リスクが高いとの評価が出た方は、室内に手すりを取り付けたり、段差を解消するなどの住宅改修を検討されるといいでしょう。

この改修、いわゆるリフォームには介護保険サービスを利用することができます。

詳しくはこちらをご覧ください。

人生の最終段階を自宅で過ごすと決め、主に転倒予防の観点から住宅の改修を決断した際に利用できる介護保険サービスがある。要支援者、要介護者の認定を受けていれば、20万円の支給限度額の範囲内で給付を受けられるというものだ。その詳細を紹介する。