味がわからなくなり
嗅覚の低下に気づく
においを感じる力(嗅覚)は、20代をピークに、その後は歳をとるにつれて徐々に弱まっていき、60代に入ると急激に低下すると言われています。とはいえ、普段は嗅覚が低下していることに気づかずに生活していることが多いのですが、嗅覚は味を感じる力(味覚)と密接な関係があります。
たとえば風邪をひいて鼻がつまっているときに食事をしていて、「いつもの味がしない」と感じた経験は誰でも一度はあると思います。しかし鼻がつまっているわけでもないのに、「味がよくわからなくて食が進まない」「食べ物のにおいを判別できない」ことが続くと、「どうも嗅ぐ力が衰えているようだ」と気づく方が多いようです。
嗅覚の低下は予防も回復も期待できる
嗅覚が低下すると、味がよくわからなくなるだけではありません。「食品の腐敗臭に気づけずに食べてしまい食中毒になる」「料理をしていて煙のにおいに気づかず焦がしてしまう」「ガスが漏れていても気づかずガス中毒になる」等々の見過ごせない深刻なリスクもあります。
何よりも気になるのは、副鼻腔炎などの病気があるわけではないのに起こる「嗅覚の低下は認知症の前触れ」といった話があることです。なかには「認知症症状が目立ち始まる10年以上も前から少しずつ嗅覚の衰えが始まっている」との説もあるようです。
その一方で、うれしいことに「嗅覚の低下は予防できるし、回復も期待できる」とも聞きます。そこで今回は、嗅覚にまつわるその辺の話を書いておきたいと思います。
嗅覚の低下がある高齢者は
認知症になりやすい?
まずは気になる嗅覚の低下と認知症の関係です。
耳鼻科医を取材した折に、「嗅覚の低下は認知症の前触れで、嗅覚が低下している高齢者は嗅覚が正常に働いている高齢者より認知症になりやすいと聞きましたが、本当でしょうか?」と質問したことがあります。
答えは、「確かなエビデンス(根拠)としてお示しできるデータはあいにく持ち合わせていませんが、においを感じるメカニズムから考えると、十分ありうることだと私は思っています」というものでした。
嗅覚中枢と記憶中枢の海馬は直結している
脳内にあるにおいを感じとる部位は、脳内で記憶や感情などをつかさどっている「海馬(かいば)」と呼ばれる部位に隣接しています。におい刺激はそのまま海馬も刺激するといったかたちで、両者は直結する関係にあるのです。
においを感じとる力が低下してにおい刺激が脳に十分伝わらなくなると、その影響は当然海馬にも及び、におい刺激が伝わることが少なくなります。におい刺激だけが原因ではありませんが、海馬への刺激が少なくなると、海馬は委縮し、記憶障害などの認知症症状が現れるようになります。
この場合、海馬の萎縮による症状が現れる前に嗅ぐ力が低下してくることから、「嗅覚の低下は認知症の前触れ」と言われているわけです。
認知症は早い段階に発見して先手を打てば、完全に防ぐことはできないまでも、発症を遅らせたり、進行にブレーキをかけることもできるといわれています。その早い段階、認知症の一歩手前の軽度認知障害のリスクを判定できる血液検査があります。詳しくはこちらを。
嗅覚の低下を予防・回復する
「においトレーニング」
においを感じにくくなっている方には、あまり歓迎されない話になってしまいますが、幸いなことに、「嗅神経細胞」と呼ばれる嗅覚にかかわる神経細胞には、いったん死滅しても再生する能力があることが最近の研究でわかっています。
その再生力を活用して嗅覚の低下を予防するとともに、嗅神経細胞を活性化させて嗅覚を回復、つまりにおいを取り戻す方法として「においトレーニング(「嗅覚トレーニング」とも言う)」が注目されています。
においを意識しながら嗅ぐ
取材の折に医師が紹介してくれた「においトレーニング」の方法は実に簡単です。毎日、朝と晩の2回、3種類のにおいをそれぞれ「これは〇〇のにおい」と意識しながら10秒間ずつ嗅ぐというものです。方法は実に簡単ですが、継続してこそ期待できる効果です。とにかく根気強く続けてみてください。
このとき用意する「においの素(もと)」は、コーヒー、レモン、花、カレー粉のようなにおいの強い調味料など、好きなものでOKです。アロマオイルを活用するのもいいでしょう。
それと、料理をしながらそのにおいを意識してかぐとか、バスタイムには入浴剤で好きな香りを楽しむのもいいでしょうし、好きな香りの石鹸で身体を洗い、髪も好きな香りのシャンプーで洗う、などなど……。日々の暮らしのなかでこころしてにおいを意識することも、嗅覚が弱まるのを防ぐ、あるいは弱まった嗅覚の回復につながります。
聴覚の低下(難聴)も認知症のリスク因子
なお、嗅覚の低下同様に聴覚の低下、つまり難聴も認知症のリスク因子として指摘されています。詳しくはこちらを。