がんと向き合う人の心を支える精神腫瘍医

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がん患者・家族の
心を助ける精神腫瘍医

ここ数年、「精神腫瘍科」という診療科を開設する医療機関が全国的に増えています。あなたのかかりつけの病院はいかがでしょうか。

多くの場合、そこには「精神腫瘍医(せいしんしゅようい)」と呼ばれる医師がいて、がんを告知された患者やその家族が陥りがちな気持ちの落ち込みや不安、さらにはうつ症状といった精神面のさまざまな不調について、治療やケアを専門的に行っています。

近年におけるがん医療の急速な進歩により、がんを病んでいる人の5年生存率は、国立がん研究センター2020年3月17日の発表では、全体で68.4%と大幅に改善しています。

ただ、部位別に見てみると、前立腺がんで100%、乳がんが93.7%と高くなっているのですが、9.9%というがん(すい臓がん)もあります。

そのため、がんは死に至る病という印象は依然として強く、がんと診断された人はもちろんのこと、その家族も心身ともに大きな衝撃を受けます。

このうち「がんと知らされた瞬間、頭が真っ白になった」というような精神的ダメージに対するケアにおいて、このところ注目を集めているのが、「がん」と「心」の関連性を研究する学問である「精神腫瘍学」の専門知識をもつ「精神腫瘍医」の存在です。

「精神腫瘍学」とか「精神腫瘍医」という言葉自体、一般にはもちろんですが、医療関係者にもまだあまりよく知られていないのが実情でしょう。

そこで今回は、精神腫瘍外来では、あるいは精神腫瘍医にはどのようなケアやサポートが受けられるのか、といったことについて書いてみたいと思います。

がん患者に特徴的な
疎外感や孤立感を取り除く

精神腫瘍医を簡単に言えば、「がん専門の精神科医、あるいは心療内科医」ですが、これではあまりに漠然としすぎています。

そこで、「がん」と「心」の関連性について研究する精神腫瘍学(サイコオンコロジー)に関心をもつ医師や看護職、臨床心理士等の心理職などからなる「日本サイコオンコロジー学会」のホームページをのぞいてみました。

そこでは精神腫瘍医の役割として、概ね次の3点があると説明しています*¹.

  1. 「自分に何が起きているのかわからない」ことほど人を不安にさせるものはないことから、病気や治療に関する正しい情報を提供し、患者自身が「今自分に何が起きているのか」をしっかり理解できるようにする
  2. がん患者に特徴的に見られる社会からの「疎外感」や「孤立感」を取り除けるように、情緒的に支える
  3. 治療を続けるうえで患者を悩ます不眠や不安、気分の落ち込みに対して、カウンセリングなど精神医学的な治療を含めたサポートを用意し、その人にとって最善の治療を受けられるように医学的サポートを提供する

精神的衝撃の緩和には
患者にもできることがある

日本における精神腫瘍学のスペシャリストとして知られる内富庸介(うちとみようすけ)医師(国立がん研究センター中央病院支持療法開発センター部門・部門長)を取材させていただいてことがあります。

そのとき、がん告知を受けたときの精神的ダメージを極力小さくするうえで、告知する医師に患者から伝えるべきことがあるかどうか質問してみました。

これに内富医師は、告知を受けるときだけでなく、その後の病気の進行や、検査の結果、治療の効果、再発の可能性などに関する医師とのコミュニケーション場面では、少なくとも次の4点について自分の意思を整理して、伝えてみてはどうだろうか、と――。

また、それだけでも、精神的動揺はかなり和らげることができるのではないだろうか、と話してくれました。

  1. 自分は「がん」という病気について、あるいは今の病状についてどの程度知っているのか
    たとえば身内にがんの患者がいてよく知っているのか、まったく知らないのか
  2. 自分の病状についてどの程度知りたいと思っているのか
    事細かに知りたいのか、治療やケアを受けるうえで必要なことだけを知りたいのか、あまり詳しく説明してほしくないのか
  3. どんなふうに伝えてほしいのか
    検査の結果が出るごとに伝えてほしいのか、診断がついてからまとめて伝えてほしいのか
  4. 誰に伝えてほしいのか
    自分に直接説明してほしいのか、家族にまず伝え、自分は家族から聞きたいのか

精神腫瘍医と
7人のがん患者の対話

精神腫瘍医による心のケアやサポートが実際どのようなものなのか、自分が考え、望んでいる心のケアとかサポートといったものとどのように違うのか、できるだけ具体的に知りたいという方もいるでしょう。

そういった方におすすめしたい本があります。

「がん患者とその家族に、精神腫瘍医の存在を知ってもらいたい」という、あるがん患者の切なる願いから誕生したという『人生でほんとうに大切なこと がん専門の精神科医・清水研と患者たちの対話』(KADOKAWA)です。

これまでに3000人以上のがん患者とその家族が訴える不安や苛立ち、心の痛み、疎外感や孤立感に耳を傾けてきたという精神腫瘍医の清水研(しみずけん)医師(国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科・科長)と7人のがん患者との対話を、編集者が記録した一冊です。

登場するのは、以下の7人です。

  • 小児がんで21歳で逝った大学生
  • 乳房全摘出を決意したモデル
  • 司法試験の前日にがんを発症・転移した青年
  • 二人の子どもをもつ若いお母さん
  • 何不自由ない暮らしを送ってきた(はず)の主婦
  • 一人で喫茶店を経営してきた活発なママ
  • 全力で仕事をし、家族のヒーローとして頑張っているお父さん

精神腫瘍医と対話するなかで生きる

「がんを体験した人が100人いれば、100通りの悩みがありますから、その人がどのような悩みを抱えているのか、十分に理解することを大事にしている」

そんなふうに語る清水医師と対話を重ねていくなかで、彼らが抱える苦悩が少しずつ生き続けるエネルギーへと変わっていく様子が、かなり具体的に描かれています。

読み進めていくうちに、「ああ、こんなふうに寄り添ってもらえるのだ」と、精神腫瘍医の仕事ぶりをイメージしていただけるはずです。

なお、最寄りの精神腫瘍医は、日本サイコオンコロジー学会の登録精神腫瘍医リスト*²からチェックすることができます。

あるいは、「がん相談支援センター」に尋ねてみてください。

がんには病気のこと、治療のこと、仕事のこと、予後のこと等々、悩みごとが多い。1人で悩む前に、全国に設置されている「がん相談支援センター」に相談してみることをすすめたい。誰でも無料で、希望すれば匿名でも専門家のアドバイスを受けることができるのが魅力だ。

なお、がんによる痛みや呼吸困難など身体的な苦痛を和らげる緩和ケアについては、こちらを読んでみてください。

国立がん研究センターが昨年末公表した調査結果は驚くものでした。がん患者の約4割が、痛みや苦痛をかかえながら最期の日々を過ごしていたというのです。背景には、がん緩和ケア態勢の不備があるものの、患者サイドの大きな誤解も課題としてあるようです。

参考資料*¹:日本サイコオンコロジー学会「サイコオンコロジーとは」

参考資料*²:日本サイコオンコロジー学会の登録精神腫瘍医リスト