認知症予防には「脳活」と「便通の改善」も

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排便習慣と認知症の発症に
ただならぬ関係があった

「脳腸相関」とか「腸脳相関」という言葉があることはご存知と思います。脳の働きと腸の働きが相互に密接に影響を及ぼし合っているという意味ですが、この言葉を実証する調査結果が報告されています。

男女ともに、排便の頻度、つまり排便の回数が少なく、便が硬くなりがちで便秘気味の人ほど、将来認知症になるリスクが高いことが、この調査で明らかになったというのです。排便習慣が将来の認知症の発症に関連することを示した初めての研究として注目されています。

この調査を実施した研究チームの澤田典絵部長は、「中年期から排便の回数や便の硬さを改善しておくことが、認知症予防に重要と考えられる」として、脳の活性化(脳活)だけでなく便通の改善による腸の活性化(腸活)も認知症予防につながることを示唆しています。

国立がん研究センターの
大規模な疫学調査でわかったこと

この報告は、さまざまな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、がん予防など健康の維持・増進に役立つエビデンスを構築するために、大規模な疫学調査を続ける国立がん研究センター予防研究チームによるものです

同研究チームは2000(平成12)年から2003(平成15)年に、全国5つの保健所(秋田県横手、長野県佐久、茨城県水戸、高知県中央東福祉、沖縄県中部)の協力を得て、管内に住む50~79歳の男女を対象に、排便習慣(「排便頻度」および「便の硬さ」)に関するアンケート調査を実施しています。

その後2016(平成28)年まで対象者を追跡したデータをもとに、排便習慣と認知症発症との関連を分析しています。

この追跡調査中に、アンケート調査に回答した男性約1万9000人のうち1889人(9.7%)、女性では約2万3000人のうち2685人(11.7%)が認知症と診断されていたことが、介護保険の要介護認定の情報から明らかになっています。

排便頻度(回数)が少ないほど
認知症発症リスクが高い

アンケート調査では「排便の頻度」については、「便通はどのくらいの頻度でありますか?」と質問し、「週に3回未満、週に3~4回、週に5~6回、毎日1回、毎日2回以上」から選択して回答してもらっています。

得られた回答で認知症の発症リスクを区分けしてみたところ、「毎日1回」排便する人の発症リスクを1とした場合、「週に3回未満」の男性の認知症発症リスクは約1.8倍、女性では約1.3倍と有意に高く、排便頻度が少ないほど認知症リスクは高くなっていました。

この傾向は特に男性に強く現れていて、「週に3~4回」では1.5倍、「週に5~6回」というよくありがちな排便頻度でも、認知症発症リスクは1.4倍でした。

便の状態が硬いほど
認知症発症リスクが高い

「便の硬さ」については、「普段の大便の状態は?」と質問し、「下痢便、軟便、普通の便、硬い便、特に硬い便、下痢と便秘を繰り返す」から選んで回答してもらっています。

その結果を、「普通」と回答した人の発症リスクを1とした場合、「硬い便」と回答した人の認知症発症リスクは、男性で約1.3倍、女性では約1.2倍、「特に硬い便」との回答では、男性が約2.2倍、女性は約1.8倍と、便が硬いほど認知症発症リスクが高くなっていました。

ちなみに「下痢便」と回答した人では、男性では約0.77倍、女性では約1.75倍で、男女とも認知症発症リスクは低下していました。

短鎖脂肪酸不足が
認知症発症リスクを高める

「この研究から見えてきたこと」を、研究チームは次のように説明しています。

排便の頻度が少なく、便が硬くなりがちな便秘気味の人は、腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)が鈍くて便が腸を通過する時間が長くなり、腸内細菌が腸内で作り出す「短鎖脂肪酸(たんさしぼうさん)」と呼ばれる物質が減ってしまいます。

短鎖脂肪酸には、炎症を抑える「抗炎症作用」やアンチエイジングに必須とされる「抗酸化作用」などの健康効果があります。ところが便秘が長引いて短鎖脂肪酸の減少が進むと、酸化ストレスを引き起こしたり炎症を増やすなどしてさまざまな健康トラブルを招き、認知症の発症リスクも高まると推測される、というわけです。

短鎖脂肪酸を効率よく増やすには

なお、便秘が長引くと不足しがちな短鎖脂肪酸は、ビフィズス菌などの腸内細菌が、食物繊維などをエサとして食べることで作り出す代謝産物の一つです。

したがって短鎖脂肪酸を効率的に増やすには、ビフィズス菌や乳酸菌が含まれるヨーグルトや乳酸菌飲料、納豆、漬物などの発酵食品を意識して多くとると同時に、腸内細菌のエサとなる水溶性食物繊維を含む海藻類や豆類、野菜・果物類を組み合わせてとるといいようです。

便秘対策として、このところ注目を集めている、いわゆるシンバイオティクスの考え方です。シンバイオティクスについてはこちらを読んでみてください。

人知れず便秘に悩む日本人は1千万人を優に超えると推計されている。特に高齢者に多いのだが、数ある対策のなかで、シンバイオティクス効果を期待できる「ヤクルト400W」を、「シンバイオティクスとは何か」と併せて紹介する。食事を工夫すればシンバイオティクス効果も……。

便通の改善には排便姿勢の見直しも

また、残便感が続くようなときの便通の改善には、排便時の姿勢を見直してみることも大切です。詳しくはこちらを読んでみてください。

便秘もちの人のなかには、「便がスッキリ出きらない」残便感に悩まされている人が少なくない。そんなときは排便姿勢の見直しをすすめたい。理想は、ロダンの彫刻「考える人」がとっている前傾姿勢。この姿勢をとりにくい洋式便器には、踏み台を活用するといい。

犬との散歩で便通改善と認知症予防の一石二鳥を

なお、こちらで紹介しているように、最近の研究で犬を飼っている人は認知症になるリスクが低いことが確認されています。

犬との散歩や犬の世話で体をよく動かすことがプラスに働いているとのことですが、同時にそれは便通の改善効果も期待でき、まさに一石二鳥というわけです。猫ではなく犬だからこその効果を活用するのもいいようです。

認知症予防策として見逃せない研究結果が報告された。犬を飼っている高齢者は飼っていない人に比べ、認知症になるリスクが40%も低かったというのだ。犬との散歩などによる運動量の増加や飼い主同士の交流が、健康維持によい効果をもたらしているとのこと。

参考資料*¹:国立がん研究センター がん対策研究所予防関連プロジェクト 多目的コホート研究「排便習慣と認知症との関連」