がんの痛みは我慢しないで緩和ケアを

緑のやすらぎ

緩和ケアが行き届かず
最期の日々を痛みと共に?

がん医療の現場で取材をしていると、がんの患者さんがかかえている痛みなどの苦痛を少しでも和らげようと、日夜頑張っている医療スタッフの姿をよく見聞きします。

なかでも、常にがん患者や家族のそばにいて、接している時間がおそらくは医療スタッフのなかでもいちばん長いであろう看護師の方々は、昼夜を問わず患者さんの痛みや苦痛の緩和に驚くほどのエネルギーを注いでいて、ただただ頭の下がる思いでいっぱいです。

それだけに、国立がん研究センターが先に発表した調査結果には、「えっ、うそでしょ」と、正直驚きを禁じえませんでした。

「心穏やかに」の願いかなわず

終末期を迎えたがん患者さんの約4割が、亡くなる前の1カ月間を痛みや吐き気、呼吸困難など身体の苦痛をかかえた状態で過ごしていることが、調査で明らかになったというのです。

自らの死期が迫ったときは、痛みをはじめとするあらゆる苦痛を和らげる治療やケアを受けて、残された時間を心穏やかに過ごしたいと、多くのがん患者さんは願っているはずです。

ではなぜ、4割ものがん患者さんにそれがかなわなかったのでしょうか。

終末期で治る見込みがないのであれば、延命だけが目的の治療は望まないが、痛みなどの苦痛を緩和する治療は積極的に受けたいとする人が増えています。一方で、緩和治療のすべてを「セデーション」と思い込み、苦痛を我慢する人もいるようですが……。

患者遺族の目に映った
患者の最期の日々

今回発表されたのは、全国のがんや心疾患、脳血管疾患、肺炎、腎不全で死亡した方のご遺族ら4,812人を対象に、患者さんが亡くなる前に受けた医療やケア、および療養生活の実態についてアンケート調査を実施し、2,295人から寄せられた回答をまとめたものです*¹。

この調査結果をがん患者さんにしぼって見てみると、亡くなった場所(病院や自宅など)で患者さんが療養中に受けた医療については、ご遺族の76.2%が苦痛症状への対応も含め、「全般的に満足している」と回答しています。

がん緩和ケアをどこで受けるかに関係なく

ところが、亡くなる前1カ月の間のがん患者さんの状況となると、「痛みが少なく過ごせた」のは51.8%、「身体の苦痛が少なく過ごせた」のは48.1%にとどまっています。

身体に痛みなどの苦痛があれば、心穏やかに過ごすのはままならないでしょう。案の定、ご遺族の目から見て「穏やかな気持ちで過ごせた」と回答したのは51.8%で、半数近くの患者さんが気持ち的にもつらい状況にあったことがうかがえる結果となっています。

調査にあたった研究チームは、この結果を重く受け止め、どこで緩和ケアを受けるかにかかわらず、より質の高いがん緩和ケアを一人でも多くの方に届けられるよう、緩和ケアのいっそうの体制強化を図っていくとの方針を打ち出しています。

国立がん研究センターは2022年3月25日、がん患者の遺族約54,000人に対するアンケート調査結果を公表している。そこではがん患者の29%が死亡前の1週間に強い痛みを感じていたとの実態が明らかにされており、緩和ケアに関する課題が改めて浮き彫りになっている。

緩和ケアを終末期ケアと混同し
「まだ早い」と拒んでいませんか

一方、患者さん側としては、より適切ながん緩和ケアにより痛みや苦痛を最大限取り除いてもらうには、具体的にどうしたらいいのでしょうか。

都内の大学病院で、日々がん患者さんを看護している看護師のFさんに聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「がん緩和ケアには患者さん側の協力が不可欠です。ところが、がんの痛みや苦痛について誤解されている点が多々あり、そのことが痛みや苦痛を和らげるケアをしていくうえで大きな支障となることがよくあります」

だから、「まずは、その誤解を正していただくことが重要だと思います」と言うのです。

がん治療と緩和ケアは同時に始める

Fさんが、最も多い誤解として挙げるのは、がんに伴う痛みや苦痛に対する緩和ケアを終末期ケア、つまり死期が迫ったときに受けるケアと思い込んでいることです。

「緩和ケアと終末期ケアは別のものですが、がん患者さんやそのご家族がこの二つを混同していることが多く、私たちからの緩和ケアの申し出を『自分はまだそんな時期ではない』とか『早すぎる』と言って、拒否してしまうのです」

緩和ケアにより心身両面の苦痛を和らげ、心身ともに落ち着いた状態でがん治療を受けたほうが、がん治療の効果も上がることはすでに多方面で証明済みです。

この点を重視して、WHO(世界保健機関)は2002(平成14)年という早い時期から、がん治療と緩和ケアは、がんと診断されたときから同時にスタートすることを奨励しています。

「がんは痛いのが当たり前」ではない

また、痛みや苦痛は、あくまでも主観的な感覚で、他人にはわかりにくいものです。

そのため、緩和ケアにより痛みや苦痛を和らげるには、「患者さんが、自分が感じている痛みや苦痛について、どこが痛むのか、いつから、どんなときに痛みが強まったり、弱まったりするのか、どんな性質の痛みなのかといったことを、私たちに詳しく伝えてくれることが大切です」とのこと。

ところが、「がんは痛いのが当たり前だから」との思い込みから、明らかに痛みでつらそうにしているのに、「この程度なら我慢できますから」と痛みの情報を伝えてくれないこともあって、なかなか的を得た緩和ケアができないことが少なくない、とFさん。

痛みを感じたら我慢しないで伝えてほしい

「がんの痛みや苦痛を和らげる方法はいろいろあります。患者さんからいただく情報から読みとれる痛みの原因によって、痛みを和らげる手段も変わってきますから、痛みを感じたときは我慢しないで、まずはできるだけ具体的な痛みの情報を私たちに伝えてほしいのです」

患者さんが伝える痛みの情報が、「がん緩和ケアの第一歩だから、我慢しないで痛みを訴えてほしい」と話すFさんです。

おそらくこれは、Fさんだけでなく、がん緩和ケアに携わる医師や看護師ら、医療スタッフみんなからのメッセージと受け止めていいのではないでしょうか。

しびれたり、ビリビリした痛みのときは

なお、がんの痛みのなかには、神経ががんの刺激を受けているために「しびれる」などの症状として現れることがあります。

そんなときの痛みの緩和についてはこちらを参照してください。

がんの痛みの90%以上はWHOが提唱している治療法により緩和できるようになっている。しかし残りの10%には神経ががんの刺激を受けていることが多く、その緩和には別のタイプの薬を併用する必要がある。その判断には、痛みの性質を医師に伝えることが重要だ。

参考資料*¹:患者が受けた医療に関する遺族の方々への調査