「緩和ケア病棟(ホスピス)」という選択も

眠っている赤ちゃん

「ホスピス」と聞いて
あなたはどんなイメージを?

1週間ほど前のことです。友人たちとお茶をしている席で、2018年9月に亡くなった樹木希林(きき きりん)さんのことが話題になりました。

生前の希林さんは、ご自身が全身をがんに侵されていることを、「全身がん」などと表現してテレビで語っておられました。

聞けば、骨にも転移していたようですから、察するに相当の痛みがあったはず。「つらかっただろうに、希林さんはどうしてホスピスに入らなかったのかしら?」

Sさんがそう話すのを聞いて、彼女も誤解しているなと思いました。

彼女のように、「ホスピス」を、特別なケアを受けることができるホテルのような病院としてイメージしている方は少なくないと思います。

でもそれはちょっと違います。

確かに、日本で初めて静岡県に誕生した「聖隷(せいれい)ホスピス」のように、「ホスピス」と名付けた病棟や施設はいくつかあります。

しかし、本来「ホスピス」は、建物や病棟そのものを指す言葉ではないのです。

ホスピス・マインド・ケアと
痛みや苦痛を和らげる緩和ケア

「ホスピス」の語源は、ラテン語の「親切なもてなし」にあります。

中世ヨーロッパの修道院では、修道尼たちにより、旅に疲れた巡礼者や病に倒れた十字軍の兵士たちを介抱し休ませるという宗教的な奉仕活動が行われていました。

このことは、歴史の本や教科書などでご存知の方も多いと思います。

この、尼僧たちが行っていたような、困っている人を分け隔てなくケアしようという、宗教に裏付けられた気持ち、さらにはこうしたケアそのものを表す言葉として使われるようになったのが、「ホスピス」の始まりだったようです。

その後近代に入り、終末期にある患者さん、特にがんの患者さんの痛みなどの苦痛を和らげる医療やケアを指す言葉として、「ホスピス」が使われるようになったのだと聞いています。

ちなみにこのケアは、医療スタッフの間では、「ホスピス・ケア」とか「ホスピス・マインド・ケア」とも呼ばれています。

このホスピス・ケア、あるいはホスピス・マインド・ケアをわかりやすく言えば、病気で苦しんでいる人の、こころと身体の苦痛を和らげようとする精神と、これに裏付けられた具体的な「緩和ケア」ということになるでしょうか。

日本独自の「緩和ケア病棟」で、
ホスピス・マインドの緩和ケアを

起源からおわかりのように、「無心で尽くす」とか「ボランティア精神(奉仕の気持ち)」といった意味合いの強い「ホスピス」には、宗教的な基盤が不可欠です。

しかし日本では、私立のホスピスなど数例を除けば、宗教的基盤をもつ医療機関はほとんどないと言っていいでしょう。

そこで厚生労働省は1990(平成2)年から、がん患者を主な対象に、人的および環境面において一定の基準を満たしていて緩和ケアを提供できる医療施設を、「緩和ケア病棟」として承認するようになりました。

そこには、がんによってもたらされる身体やこころの痛みを和らげることに精通した専門スタッフから成る「緩和ケアチーム」が配置されています。

患者だけでなく家族もまた、チームの医師や看護師、臨床心理士などの医療スタッフから、通りいっぺんではないホスピス・マインドの緩和ケアを受けながら、ゆったりとした家庭的な環境のなかでこころ安らかに過ごすことができるように配慮されています。

希林さんも受けていた
ホスピス・マインドの緩和ケア

「日本ホスピス緩和ケア協会」によれば、2022(令和4年)年6月15日現在、国の定める施設基準を満たして承認を受けた緩和ケア病棟は463施設、ベッド数にして9579床です。

最寄りの緩和ケア病棟のある施設は、こちらの全国マップ*¹で検索することができます。

日本人の2人に1人が生涯に一度はがんを経験する時代にあって、このベッド数ではとても十分とは言えず、さらなる普及が待たれるところです。

とはいえ、幸いなことに最近は、緩和ケア病棟やホスピスほどは徹底されていないものの、一般病棟やクリニック、さらに在宅においても、ホスピス・マインドの緩和ケアを受けられるようになってきています。詳しくはこちらを。

終末期で治る見込みがないのであれば、延命だけが目的の治療は望まないが、痛みなどの苦痛を緩和する治療は積極的に受けたいとする人が増えています。一方で、緩和治療のすべてを「セデーション」と思い込み、苦痛を我慢する人もいるようですが……。

話を樹木希林さんに戻すと、彼女はホスピスや緩和ケア病棟に入ったわけではないようです。

ただ、娘婿である本木雅弘さんが、亡くなって半月が過ぎた9月30日に産経新聞のインタビューに答えた話では、「死期が近づいてからは、延命につながるような治療は受けずに、基本的には痛みを和らげる緩和ケアを受けていた」とのこと。

それも「正常な意識でいられるように、デリケートな調整をしていた」ようです。

文字どおりホスピス・マインドの緩和ケアを受けておられたのでしょう。

だから希林さんは、事前の意思の通りに、最期は病院から自宅に戻り、ご家族に見守られながら逝くという、まさに理想的な死を遂げることができたのだろうと思います。

女優の樹木希林さんの最期は、彼女の生き方そのままに覚悟のある死と、私には映りました。どうすればあんな見事な逝き方ができるのか。その答えは「事前指示書」に基づく「アドバンス・ケア・プランニング」にあるように思います。

参考資料*¹:緩和ケア病棟のある施設一覧(日本ホスピス緩和ケア協会会員)