永久気管孔に人工鼻を装着していますか

犬の鼻

喉頭摘出術の手術後に
形成される「永久気管孔」

進行した「喉頭(こうとう)がん」や「下咽頭(かいんとう)がん」などでは、がんの大きさや部位にもよりますが、多くの場合、声帯を含む喉頭を摘出する手術が行われます。

この手術を受けると、術後の呼吸を確保するために、左右の鎖骨(さこつ)のちょうど中間の、「喉元(のどもと)」と呼ばれる部分に、気管孔(きかんこう)と呼ばれる「孔(あな)」が形成されます。呼吸するために欠かせないこの気管孔は一生閉じることができませんから、「永久気管孔」と呼ばれます。

永久気管孔を形成すると、鼻呼吸や口呼吸ができなくなり、代わりにこの気管孔から呼吸をしたり咳をしたりすることになります。

気道(呼吸の通り道)と食道(食事の通り道)はそれぞれ独立した管(クダ)になっていますから、むせるなどして食べることに支障をきたすことはありません。ただ、鼻や口を空気が通らなくなりますから、「鼻をかむ」とか「においをかぐ」といったことができなくなるなど、さまざまな不具合を経験することになります。

そこで、いわば鼻の代用品として開発されたのが、永久気管孔専用の「人工鼻(じんこうばな)」です。幸いこの人工鼻については、2020(令和2)年9月1日から公的医療保険が適用されていますので、そのへんの話も含め、今回は永久気管孔と人工鼻について書いてみたいと思います。

永久気管孔を通しての
呼吸に伴うリスク

永久気管孔を通しての呼吸では、嗅覚以外にも、本来鼻が担っている機能、たとえば息をして吸い込む空気(吸気)が鼻を通過する際に、加湿されることがなくなります。

鼻にもともと備わっているフィルターとしての機能も失われますから、気管内に空気中のホコリなどの異物が侵入しやすくなったりもしますから、結果として永久気管孔の方は、以下のようなリスクを抱え込むことになります。

  1. 痰の分泌量が増えることにより呼吸器感染症を発症するリスクが高くなる
  2. 「後鼻漏(こうびろう)」といって、過剰に分泌された鼻水が喉(のど)へ流れ込む不快感に悩まされる
  3. 呼吸が浅く早くなる
  4. 発声できない、あるいは発声しにくいためコミュニケーションに支障をきたす
  5. 永久気管孔を介して気道から肺へと水が入り込むリスクがあるため、入浴の際に首まで湯船につかることができない

このうち「5」については、喉元にある孔が永久気管孔であることを理解できていなかった介護者(ヘルパー)が、入浴時に水が入らないようにとの親切心から、気管孔にテープのような物を貼って孔を塞いでしまい、患者さんが呼吸困難に陥るというアクシデントが起きた例も報告されています。

人工鼻を装着して
得られる呼吸のメリット

紹介したようなリスクを避ける目的で開発されたのが永久気管孔用の「人工鼻」です。永久気管孔に人工鼻を装着すれば、気管孔の周りをぴったり覆ってくれますから、ホコリなどの空中浮遊物が気管内へ侵入するのを防ぐ効果が期待できます。

また、人工鼻のフィルターには吸湿剤が浸み込ませてあります。この吸湿剤が、吐き出す息(呼気)に含まれている熱と水分をキャッチして蓄え、外気からの冷たく乾いた空気を加温、加湿して、ほどよく温かく湿った空気を気道から肺へと送り込んでくれます。

人工鼻に備わっているこれらの機能により、次のようなメリットが得られるとされています。

  1. 肺の中の湿度が高まるため、痰の分泌を減らす
  2. 気道分泌物の粘性(ねばりけ)を弱くして痰など分泌物の排出を容易にする
  3. 粘性の強いゼリー状の痰による気道閉塞(気道がつまる)のリスクを減らす
  4. 吸い込んだ空気の気道の通りにくさを和らげて正常に近い肺活量を維持する

人工鼻の種類は豊富
状況に応じて使い分ける

人工鼻の種類は実に豊富です。人工鼻を専用に扱っているアトスメディカル(Atos Medical)社の製品カタログによれば、以下のようなタイプが用意されていて、患者さん個々の状態や状況(日常のシーン)、用途などに合わせて使い分けることができるようです*¹。

  • リラックスしてゆったりと過ごすとき用に、加温・加湿効果に優れたタイプ
  • 散歩や友人とのおしゃべりなど、活動的な状況にあるとき用に、フィルターの目が粗く、楽に呼吸できるタイプ
  • インフルエンザや花粉症シーズンの外出用に、細菌やウイルス、花粉を99%以上カットするタイプ
  • ハンズフリー、つまり両手がふさがっていない状態で話したいとき用のタイプ(気管孔部分を指で押さえなくても発声が可能)

人工鼻と衛生材料の購入に
医療保険を使える

随時交換が必要な人工鼻*やその装着に必要な各種衛生材料(消耗品)には、月2~3万円の費用がかかります。幸いなことに、これらの購入費には医療保険が適用されています(人工鼻のタイプによっては保険適用から外れることもある)。

したがって、人工鼻を利用したいときは、処方薬同様、医師に処方箋を発行してもらう必要があります。この処方箋を持参すれば、医療機関内にある売店やかかりつけ薬局、あるいは最寄りの常勤薬剤師のいる薬局(「薬店」は除く)で、自己負担分(1~3割)を支払うだけで人工鼻などの一式を受け取ることができます。

同時に、購入する際には、その正しい使用方法について薬局にいる薬剤師から指導を受けることもできます。

人工鼻の交換頻度は、痰の量や粘っこさにより変わってくる。1日に1~2回の交換が必要なこともあれば、3~5日に1回の交換ですむ場合もある。

人工鼻を「日常生活用具」として費用助成の自治体も

また最近では、永久気管孔の方にとって人工鼻は日常生活に必要不可欠な、いわゆる「日常生活用具」に該当するとして、人工鼻の購入や日々の使用にかかる費用を公費で助成する制度を設けている自治体(静岡市、北九州市、東京・国分寺市、兵庫県太子町、岐阜県関市、埼玉県など)も徐々に出てきています。

音声または言語機能障害(声を出せない)で障害者手帳の交付を受けた方が対象(障害等級が決められている)で、助成額には限度額(1月当たり2~3万円程度)があります。

障害者手帳の交付を受ける条件や手続きについてはこちらを参照してください。

国や自治体の福祉サービスの利用には身体障害者手帳の取得が条件になっているものが少なくない。ところで、この手帳を取得できるのはどのような障害を抱えている人なのか、この手帳を所持しているとどんなサービスを受けることができるのか、まとめてみた。

また、障害者手帳を受け取る際に説明があると思いますが、永久気管孔による音声・言語障害については、障害年金の受給対象となるケースも少なくありません。その手続き等は、こちらを参照ください。

病気やけがにより心身に障害を負った場合、国から障害年金を受給できる。これには、障害基礎年金と障害厚生年金がある。いずれにも受給要件があり、加入している年金制度によって、また障害の程度により受給の可否や年金額が異なる。そのポイントを。

いずれにしても、助成を受けるには人工鼻を購入する前の申請が必要です。この助成制度の詳細については、お住まいの市区町村のホームページで確認するか、障害福祉の担当課などに直接問い合わせてみてください。

なお、永久気管孔と気道確保のための「気管切開」「気管挿管」を混同されている方が少なくないのですが、後者についてはこちらで詳しく書いています。一度読んでみてください。

自力で呼吸できなくなったときに人工呼吸器をつける選択をすると、気管挿管あるいは気管切開により気道を確保する処置が行われます。一般の方には聞きなれないこの処置について、その方法と苦痛の程度、声への影響についてまとめてみました。

参考資料*¹:Atos「人工鼻(HME)」