嚥下障害のある方に
「とろみ付きビール」を提案
脳卒中(脳梗塞や脳出血)の後遺症やパーキンソン病などにより、あるいは加齢による口腔内機能の衰えが原因で、食べ物や飲み物を上手に飲み込めなくなることがあります。
いわゆる「嚥下障害(えんげしょうがい)」です。
嚥下障害が起こると、低栄養のリスクが高まることは改めて言うまでもありません。
さらには飲食の際に、誤嚥(ごえん)と言って、本来食道に送り込まれるはずの食べ物や飲み物が気道に流れ込んでしまい、「ちょっとむせる」「咳き込む」といった症状を自覚するようになります。
この誤嚥を繰り返していると、やがて窒息を起こして救急車を呼ぶ事態になったり、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)に発展するリスクがあります。
窒息も誤嚥性肺炎も、高齢者にとっては死に直結するリスクの高い大問題です。
そこで、窒息や誤嚥性肺炎の発生リスクを避ける対策として、嚥下障害の度合いに合わせて、飲み込みやすいように工夫した嚥下食に切り替えることになります。
嚥下障害でもビールを飲みたいの声に応え
この嚥下食をとっている方には、長年嗜んできたビールやコーラといった「炭酸系のものが飲めなくなり楽しみを失った」と嘆く方が少なくないと聞きます。
ビールやコーラのような嗜好品は栄養分として必要なものではありません。
しかし、これらの嗜好品がもたらす気分の高揚やストレス解消、あるいはリラックス効果などを考えると、「楽しみを失った」と話すのも理解できる気がします。
そこで最近、この訴えに応えようと、ビールのような炭酸を含む飲み物にとろみをつける方法が開発され、公表されているのです。
そこで今回は、この「とろみ付きビール」のつくり方を紹介してみたいと思います。
むせたりしないよう
とろみ剤でとろみをつける
嚥下食は、嚥下機能に応じて、食べ物をミキサーなどで切り刻んだり、つぶしたり、あるいはそれらをゼリーで固めたり、ペースト状にしたり、「とろみ」をつけたりして、飲み込みやすいようにさまざま工夫されています。
水分や牛乳、お茶といった飲み物や味噌汁などの汁物は、ゼリー状にしたりとろみをつけたりすることが多いようです。
とろみは、普通の家庭料理でもよく使う「水溶き片栗粉」でつけることもできます。
ただし、片栗粉は加熱する必要がありますから、冷たい飲み物の場合は、加熱しなくても簡単にとろみをつけることができる「とろみ剤*」が好んで使われます。
とろみ剤の使い方は実に簡単です。
たとえばコップに入れた水をスプーンなどで混ぜながら少しずつとろみ剤を入れていき、とろみ剤が溶けてから2、3分そのまま置いておきます。
やがてとろみが安定しますから、そのままむせることなく飲むことができるというわけです。
とろみ剤とは、正確には「とろみ調整食品」。食事や飲み物に加えてよく混ぜることで簡便にとろみをつけることができる粉末状の食品で、嚥下困難のある方が使用すると、飲み込む速度が遅くなり、誤嚥防止が期待できます。
大別して3タイプあり、市販品もいくつかあるのですが、どのタイプのどの製品を選ぶかは、あなたの嚥下障害の度合いを把握している医師か管理栄養士に相談するといいでしょう。
とろみ剤についてさらに詳しく知りたい方は、こちらを。
ビールなどの炭酸系飲料にとろみ剤を混ぜると
ところで、ビールやコーラ、サイダーといった炭酸系の飲料の特徴といえば、あの泡です。
この手の飲み物の場合は、とろみ剤を混ぜた瞬間、とろみ剤が物理的な刺激となって大量の泡が発生し、ビールやコーラがコップなどの容器からあふれ出てしまいます。
少しそのままにしていると、泡は落ち着くのですが、加えたとろみ剤がダマ(なめらかに溶けず小さなつぶつぶの固まり)になっていて、見た目が悪いうえにとろみ剤がうまく混ざり切っていませんから、飲むこともままなりません。
研究チームが開発した
「とろみ付きビール」のつくり方
ビールのような炭酸系飲料の発泡性については、発生する泡が咽頭粘膜を刺激して嚥下運動(飲み込み)にプラスの効果があることはすでに研究で確認されています*¹。
この研究結果を受け、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄(とはら はるか)教授らの研究チームは、嚥下障害のある方でもビールのような発泡性のある炭酸飲料を飲めるようにできたらと考えました。
そして、まずは「とろみ付きビール」のつくり方の研究に取りかかり、次の方法でとろみ付きビールを完成させました。
- ビールを炭酸飲料などの空ペットボトルに移し替える
- ビールの泡が落ち着いたらとろみ剤を混ぜる
- とろみ剤を入れ終えたらすぐに蓋をして、ペットボトルを1分ほどよく振る
- 3のビールととろみ剤入りのペットボトルを横にして冷蔵庫に入れ、一晩寝かせておけば、とろみ付きビールの完成です
この方法は、東京医科歯科大学摂食嚥下リハビリテーション学分野の公式Twitter*²で公開されています。
嚥下障害の有無に関係なく、とろみ付きビールを試してみたい方は是非アクセスを!!
なお、ペットボトルに注ぐビールの量は、使用するペットボトルの容量程度でいいようです。
また、とろみ剤を混ぜるときは、できるだけそっと、手早く混ぜて、ビールに極力刺激を与えないようにするのがコツとのことです。
ビールを加熱してつくる
「とろみ付きビール」も
研究チームが提案する方法では、ビールを使用済みの空ペットボトルに移し替える際に、たとえばコップにビールを注ぐときのように泡立たないのはなぜなのか、疑問が残ります。
この点については、私なりにざっとチェックしてはみたのですが、研究チームの説明はみつけられませんでした。
おそらく、使用済みのペットボトルは表面が滑らかになっているため、ビールにかかる物理的刺激が少なく、泡が出にくいのではないかと考えます。
とろみ付きビールのつくり方をネット検索すると、ビールをいったん加熱して炭酸をとばしてからとろみ剤を混ぜ、冷蔵庫で冷やしてから飲む方法も紹介されています。
しかし、加熱したらアルコール成分がとんでしまうのではないかと思うのですが……。
逆に、アルコール成分をとばしてしまいたいという方にはいいのかもしれません。
舌の筋力を高めて誤嚥を防ぐトレーニング
なお、誤嚥による誤嚥性肺炎の予防に舌の筋肉を鍛えるといいという話をこちらで書いています。食事中にむせたり咳き込んだりする方はこちらもご覧ください。